【コラム】客は我々を「推し」ているのか?

またしてもSnowManのツアーチケットが全滅だった。絶望のあまり頭の血管が破裂しそうだ。できることなら絶叫しながらあたり構わず物を破壊して回りたい。

…少々取り乱したが、もちろんそんなことはしない。なぜなら俺は大人だし、分別をわきまえたジャニオタだからだ。SnowManの誰推しか、という話まですると熱が入りすぎてさすがにミステリアスが売りの俺の雰囲気や作風に支障が出そうなのでやめておくが。

しかし世の中は俺のような冷静なアイドルオタクばかりではない。実際に暴走する輩もいる。先日アイドルの握手会の抽選に外れたらしい女性が、ブチギレてその会場のファンとアイドルを隔てるためのついたてに、華麗な蹴りを連続で入れて破壊しようとしている動画がSNSでバズっていた。

「推し」への激しい愛情は、時にこのような暴力的な負のパワーを生んでしまうのも事実だ。

身も蓋もない言い方をすればアイドルにとってファンとは客であるが、ファン側のその愛と憎しみ表裏一体の激しい感情は、夜の世界を生きる水商売人にとっての客にも、通じるところがあるのだろうか?

推し活の光と影

昨今「推し」「推し活」という言葉が定着したことは良いことだと俺は思う。

その言葉は実に幅広く、例えばアイドルだけではなく、俳優やタレント、同じ部活の好きな先輩や、二次元のアニメキャラクター、果ては電車や土地や食べ物など。推しの種類は無限にある。

これまでコアなものを愛する人々は「オタク」と呼ばれ、若干馬鹿にされてきた立場だったのだが、推しの概念が定着したことにより何かを深く愛する気持ちに貴賤はないのだという平等がこの国には生まれた。皆、好きなものを好きだと堂々と言える世の中になりつつあるのは良いことだ。あくまでも合法的なものに限るが。

しかし、光があるところには必ず影が生まれるもので、推し活にも暗い部分はある。冒頭で述べたような女性もその闇に飲まれていたひとりなのだろう。

例えば未成年の過剰な推し活である。地下アイドルやコンカフェにはまった若者(主に少女たち)が、親から盗んだり援助交際で稼いだ金で推しに貢いでしまうという事件が勃発しているという。

推し活に貴賤はないが、しかしテレビの中のアイドルや実在しない二次元に比べて距離が近く、金さえ払えば実際に会って話すこと、時には触れることさえできるという距離感のバグが、推しを独占したい、もしかしたら手に入るかもしれないという期待を抱かせてそのような感情の暴走を引き起こすのだろう。それを狙って金を荒稼ぎしたり猥褻行為におよぶ悪質な「推される側」もいるというから根深い問題だ。

そう、距離感。水商売の世界における推し活問題のキーワードもそこにあるのだ。

夜の世界と推しの世界

キャバ、ガルバ、ホスト、ゲイバーに至るまで、水商売の世界も推し活の様相が強まりつつある。

それ自体は前述した通り良いことだと思う。かつてのオタクたちとはやや違うものの、夜の街にハマっているという属性は、今以上に大っぴらにしづらい時代があった。うしろ指を刺されることも多かっただろう。

しかし推しという概念のおかげで、ホストやキャバにハマることは、アニメキャラのフィギアを集めたりアイドルのコンサートでサイリウムを振ることと同義になり、一般的でクリーンな、昼の世界のステージへと降りてきたように思う。ATMで少し多めに給料を下ろして夜の街に出かけることは「ちょっと歌舞伎まで推し活してくるわ〜」というノリになった。

しかしいくら昼の世界の光が入ってきたとはいえ、もとより夜の世界は夜の世界である。闇の濃さはそこらへんの推し活界隈よりもずっと深いものがある。

推し云々のずっと以前から、夜の世界には水商売人のストーカー被害等が少なくない。時には血が流れるような刃傷沙汰すら起きる。その多くが貢いだ側の「あんなに金使ったのに、好きだと言ったのに、なぜ自分だけのものにならないのだ」という感情の暴走に起因した事件だ。そう、昨今の若者たちの地下アイドルやコンカフェ絡みの事件に近いものが、夜の世界にはとっくの昔からあったのだ。

俺自身二丁目のゲイバーで働いていた頃何度か怖い思いもしたし、事件にまで発展しないまでも、夜の街で働く水商売人には誰しもそんな経験が一度ならずあるはずだ。

ただでさえそのような性質を持った夜の世界に、推し活というライトなノリが持ち込まれることで、余計に客と水商売人の距離感は良くも悪くも近づいてしまう。キャバ嬢やホストが、高嶺の花からいつしか手の届く花になったと勘違いする客も増えるだろう。それは水商売人達の身の危険が増えることを意味する。

距離感と線引きが身を守る

しかし夜の街とて時代の流れには逆らえない。ライトなノリで推してくれる客が上客であることも否定できない。

そんな現代の夜の街で水商売人は、どう自分を守れば良いのか。それはやはり客との距離を詰めすぎない、ということに尽きるだろう。

水商売という職業上客に親密さを見せ、あなただけが時別ですよというような「夢」を見せる必要はあるが、夢は夢であるということを忘れさせない線引きは必要だ。

その線引きを超えた親密感や距離感での営業が、客の金を引っ張りやすいことは俺もよく知っているが、そのような営業はもはや危険な時代になったのではないだろうか。インターネットやSNSの普及で、ただでさえ人間同士の距離感がおかしくなりつつある時代でもある。妙な勘違いをする客はこれからもどんどん増えるだろう。

そして、目先の売上に目をくらませて距離感を詰めすぎることが、結局は先述したような「こんなに金使ったのに」的な、関係の破綻をもたらし、上客を失うことになりかねない。それならば距離を保ちながら、細くても長く推してもらった方が、安全でありながら最終的には売上に繋がるのではないだろうか。

星で在れ

丁寧な推し活をする人々がよく言う言葉に「認知は求めない」というものがある。つまり推し相手に自分の存在を知ってもらったり憶えてもらわなくてもいい、遠くから一方的に見ているだけで幸せなのだ、というようなことのようだ。見習うべき姿勢だし、ジャニーズという決してお近づきにはなれないアイドルを推す者として、その気持ちはよくわかる。

都会のネオンの隙間から見える星の数などたかが知れているが、それでも星が美しいのは遠くから俺たちを照らしてくれるからだ。星だって近くで見れば実は大きな石なのだが、そんなことをわざわざ知る必要はないし、そのほうが幸せだ。推し活とはどこまでも幸福な娯楽であり、恋でも運命でもない。そのことを客側にも忘れさせない距離感が必要になるのだろう、これからの時代の水商売は。難儀なことだ。

ところで今回このテーマで記事を書いたのは、前回のコラムでうっかり自分が隠れジャニオタであることを明かしてしまった後に、編集部から是非にとのご依頼があったからである。

クールでミステリアスな作風(?)を買われて雇われた俺が、実は自宅のテレビに映るSnowManに向かって必死に手作りのオレンジ色のうちわを振っている、という姿を知られたらもう使ってもらえないのではないかと不安である。…しまった、こんなことを書いたらわかる人には俺が誰推しなのか一発でわかってしまう。

ABOUT US
元・新宿2丁目ゲイバースタッフ。ゲイ。現在は恋愛・性・LGBTなどを主なテーマにコラムを執筆するフリーライター。惚れっぽく恋愛体質だが、失敗談が多い。趣味は酒を飲むことと読書で、書店員経験あり。読書会や短歌の会を主宰している。最近気になっていることはメンズメイク。