【夜職ブックレビュー】『星屑の王子様』

ある日、仕事もせずに(しろ)ベッドの上で各種SNSの海の中を回遊していた。

しかし目に飛び込んでくるものといえば、やれ副業だやれ投資だと、インチキくさい金儲けの話ばかりだ。AIが俺のしょぼい経済状態を心配してそんな情報ばかり回してくるのかもしれないが、大きなお世話である。

俺は育ちがいいので、金の話が嫌いである。育ちがいいので、金の話が嫌いなのだ。大事なことなので2回書いた。

金の話題に次いで目に飛び込んでくるのは、最近流行りの「異世界転生」ものの漫画の広告である。これにも俺は興味がない。

そんなネットの回遊にうんざりしてスマホを投げ捨てようとした時、偶然目に入ったとある漫画に、俺は心を奪われた。

内容的にこのサイトの連載にもちょうどいい、と思ったので、今回はその漫画についてご紹介したい。

あらすじ 『星屑の王子様』

早速Amazonで取り寄せた、歌舞伎町のホストクラブを題材にした漫画、茅原クレセ『星屑の王子様』は、なかなかにエグい内容だった。

書影:版元ドットコム

主人公はホストクラブ「エンペラーファースト」代表の源リキヤ。登場シーンでいきなり「ちょっと客が自殺未遂して。まいったまいった。」と言いながら出勤してくる「歌舞伎町に600万人くらいいる」「金髪全身ハイブラシャー芯脚ホスト」で、3億5000万プレイヤー。

系列店から出向してきたもう1人の主人公、天使レイは小柄で中性的な、元メン地下アイドル。手首にはリストカットの跡が無数にある、地雷系ファッションのメンヘラ風だが、2億4000万プレイヤーとこちらも超売れっ子だ。

俺世代にとって水商売の漫画といえば『夜王』のような、新人が義理と人情で上へとのしあがっていく成長譚、人情物、といったイメージだが、この漫画はまるで違う。

何しろ初めから億プレイヤーの彼らが、義理も人情もモラルも無視して、ありとあらゆる手段で客から金を引っ張りまくるのである。

色恋営業、メンヘラ営業、DV営業なんでもござれのクズホスト。2人のオーナーである銀治も「ホストたるもの、女の腎臓の1個や2個捌けんでどうする」と笑顔で言い放つクズっぷりだ。(ちなみにレイは腎臓は取ってもまた生えてくると思っている)

かつて憧れた輝き

タイトルの「星屑」はこの「クズ」っぷりからきているのだろう。えげつない漫画だが、しかしそこに悲惨さや暗さは一切ない。むしろ底抜けに明るく痛快だ。

主人公2人を中心とした、歌舞伎町での、競合やライバルホストたちとの覇権争い、というのが一応のメインストーリーのようだが、1話5ページ前後とライトな読み口で、どこから読んでも面白く、昨今のホストや歌舞伎町事情がわかりやすく、コミカルに描かれている。

まあこれは漫画なので、もちろん脚色や誇張もあるだろうが(あると信じたい)かつて同じく水商売(新宿2丁目のゲイバー)に身を置いていた者として、憧れた輝きが彼らにはある。

俺は昔から比較的暗い人間で、しかし夜職につけば何かが変わるような気がしていた。

夜の世界には出鱈目で暴力的とも言える明るさがあり(もちろん実際はその影に隠れた悲惨さや暗さもあるとはいえ)そういう明るさに本当はずっと憧れていた。

残念ながら、俺の中にその明るさはなかったようだが。

星屑の中にだけある光

ホストに限らずキャバやゲイバーなど、夜職に共通して求められる適性というのがあって、それは外見や酒の強さ以上に「暗くならないでいられること」だと思う。

本当は悲惨なことも多い夜の繁華街の中で、その闇に飲み込まれず、どれだけ笑っていられるかという才能だ。闇を直視しない才能と言い換えてもいい。

「俺(私)、こんなことしてていいのかな…」みたいなことをいちいち考えずにいられる才能だ。

この漫画に出てくるホストたちのように、迷わず、夜の世界を全力疾走できる人間は、ネオンやミラーボールの下で屈託なく笑うことができる。そしてそういう水商売人はだいたい売れている。結局客が求めるものも、その「迷いのなさ」という本質的な明るさなのだろう。礼儀正しさや優しさや肝臓の強さなどは、オプションにすぎない。

自分が今ビンダ(らっぱ飲み)している数十万円のシャンパンが、一体どういうお金で入れてもらえた物なのか、とかそんなことをいちいち考えない、清々しい「クズ」の才能。

実は彼らにとって、金は二の次なのではないか?と思うことすらある。夜の世界を駆け抜けること、それ自体が心底好きなのではないか。

俺はよく夜職やアイドルについて「星は遠くから見るから美しい、近くで見ればただの石」みたいなことを書くのだが、星が空から地面に落ちてきて粉々の星屑になった時、そのカケラの中に輝く何かが混じっていて、それこそが夜職の持つべき本当の輝きなのかもしれないと、この漫画を読んで思った。地を這う星屑はもう夜空には浮べないけど、地面に叩きつけられた屑にしか放てない光が、この世界には確かにある。

俺もかつてそんなクズっぽい明るさに憧れたが、残念ながら隠キャ営業が板につきすぎて、それはそれでまあ需要もあるのでいいのだが、リキヤやレイのような光り輝く星クズにはなりきれなかった。

それとも俺の屑の中にも、少しくらいは彼らと同じ「クズ」の輝きが混じっていたのだろうか。少なくとも地面に叩きつけられて、一度粉々になった星のひとつであることは間違いないはずだが。

みんな読んで担当を教えてほしい

冒頭で異世界転生ものを軽くディスってしまったが、本書の中の「メスはホスト狂いに オスはホストに転生させてきぃ」というクズなセリフを読んで、なるほどこれは一種の異世界転生ものだとも言える、と思った。

常連客を好きになってしまって辛い、という軟弱な理由で水商売をやめた俺は、わずか数年であっけなく現実世界に帰還してしまったが、これを読んでいるあなたはどうだろう。異世界で光り輝くクズになれる自信はあるだろうか?

本書はホストを題材にした漫画だが、あらゆる水商売に共通して必要な素養が、それこそ星屑の光のように散りばめられている。

夜職特有の専門用語も解説してくれているので、これから水商売を考えている男女にもおすすめしたいし、もちろん現役の皆さんにも笑って読んでいただけると思う。

今回紹介した以外にも、たくさんの魅力的な人物が登場するのも見どころだ。

俺は早くも鬼枕(めっちゃ枕営業する人)でラスソンはなぜかソーラン節の、綾鷹ティーというふざけた名前のホストに惹かれつつあるが、まだ1巻なので担当は焦らずゆっくり決めていこうと思う。読んだ方はぜひ誰担当か教えてほしい。

しかし育ちがいいから金の話は嫌いなはずの俺が、結局金について色々書いている。恐ろしい漫画だ。

そして更に恐ろしいことに、猛烈にホストクラブに行きたくなってしまった。ネットの海を回遊していて、まったくとんでもない漫画と出会ってしまった。

俺のしょぼい経済状態ではホストにシャンパンを入れてやることはできないが、これを読んでいるあなたがサイト内の俺の記事を、それこそたくさん回遊してくれれば、俺の記者としての評価とギャラがぐーんと上がって、そんなことができる日も夢ではない。かもしれない。

そのように最後にはホストに全ての金が巡って来るサイクルを、リキヤは「食物連鎖」と呼んでいる。クズだなぁ…。

ABOUT US
元・新宿2丁目ゲイバースタッフ。ゲイ。現在は恋愛・性・LGBTなどを主なテーマにコラムを執筆するフリーライター。惚れっぽく恋愛体質だが、失敗談が多い。趣味は酒を飲むことと読書で、書店員経験あり。読書会や短歌の会を主宰している。最近気になっていることはメンズメイク。