連日凄まじい暑さだ。
俺が年をとって気温の変化に弱くなったのかと思っていたが、どうやら東京という街は、というか地球全体が、年々暑くなっているらしい。空調の悪いゲイバーで飲んでいると、麦茶で割ったJINROの氷が溶ける溶ける。
これでは海水浴もバーベキューも、夏らしいことは何もできない。ということで日が落ちて涼しくなってから、近所で催されていた夏祭りに、友人たち数人と出かけた。
大勢の人々の熱気か昼間の残り熱か、夜だというのに会場はやっぱり暑く、俺はガブガブとぬるくなったビールばかり飲んでいた。
そんな人混みの中で、中学生くらいのまだあどけない雰囲気を残したカップルが、手を繋いで歩いていた。2人とも浴衣姿で、夏祭りでよく見かける、電池でカラフルに光る、チープなおもちゃの指輪をお揃いでつけていた。
そして2人とも、それを左手薬指につけていたのを俺は見逃さなかった。この夏1番のエモい思い出だ。
こう言わせてくれ誰よりも幸せにしてみせる君は運命の女神
さて、中学生カップルならいざ知らず、こちらは平坦な道で転ぶような、運動不足のアラサーゲイである。
暑さのせいか、ぬるいビールのせいか。その夏祭りの後しばらく熱中症気味になり、数日寝込んでしまった。やはりこんな暑い夏は冷房の効いた室内で、冷えたビールと共に過ごすに限る。
そんな俺はこの夏、友人たちとアナログゲームにハマっている。涼しいボードゲームカフェに入り浸っては、ビールを飲みながらキャアキャアとボードゲームやカードゲームに興じているのだが、その中でもおすすめの一品を今回は夜職向けにご紹介したい。ホスクラやキャバの卓でやっても盛り上がること間違いなしの名作だ。
じゃん。『たった今考えたプロポーズの言葉を君に捧ぐよ。』(ClaGla)
ゲームマーケット大賞2018優秀作品受賞、という、すごいのかすごくないのか俺にはわからんが、響き的に多分すごい賞を取っている大人気商品だ。ドンキやLOFTでも、よく目立つところに置いてある。
聞いてくれベイビー君のことで頭がいっぱいさマジの結婚しよう
さっきから記事の見出しの様子がおかしいのは、別に俺の頭が熱中症で湧いているからというわけではない。
このゲームは、さまざまな甘い言葉が書かれたカードをランダムに数枚引き、それを組み合わせて、誰が1番ロマンチックなプロポーズの言葉を作り上げられるか?というものなのだ。今回の記事の見出しは、すべて実際に俺がこのゲームのカードで作ったプロポーズである。
例えば「感じるんだ」「奇跡の」「フォーリンラブ」「僕と」「結婚しよう」といった風に、引いたカードをうまい具合に組み合わせていく。
誰でも簡単に遊べるのが魅力だが、制限時間は10秒とかなり辛い。ちょうどよく使いやすいカードが手元にくるとも限らず、「目から伝染病君に魔法をかけられたんだ美しい味噌汁」みたいな意味不明というか不気味なプロポーズが出来上がってしまうことも。
親プレイヤーがそれぞれのプロポーズを審査し、1番いいと思ったプレイヤーから、付属のカラフルなおもちゃの指輪を受け取る。その指輪が3つ、1番最初に無くなったプレイヤーの勝利となる。
一生一緒だよ死ぬまで守るよ僕は君のナイトなんちゃって
まさに水商売人の面目躍如・本領発揮。
夜職の世界、特にホストの世界は、毎晩がプロポーズの連続みたいなところがある。昼職の人間よりはるかに有利なはずだ。あるいはこれから水商売の世界に入ろうと思っている男女にも、このゲームはトレーニング教材として、最適であると俺は考える。
太陽の光が届かない夜のネオンの中では、多少下品でも、いくらか大袈裟に光り輝く言葉が必要だ。提灯の光の下行われる、夏祭りで売っている指輪が、みんなキッチュにピカピカ光っているのと同じことだ。昼の光の中ではチープに映るかもしれないが、夜の世界ではそれぐらいがちょうどいい。
簡単なので酔った頭でもできるし、むしろ恥じらいがなくなるので、ホストやキャバの卓でやっても盛り上がること間違いない。(酒こぼすなよ)
ただ、10秒という制限時間の中慌てて「おばさん僕は永久に離さない君の金を」とか上客にうっかり本音をこぼして大変なことになっても、俺は責任を取らない。
その辺りの、本音と建前を使い分ける訓練にもなるはずだ。多分。
あと「はち切れそうさ」「激しく」「我慢できないんだ」「濡れた」「にそっと触れてごらん」とか、どう考えても下ネタ要員だろお前ら、みたいなカードもあるので、使うときはその点オッケーな客かどうかということを、冷静に見極めたい。
世界一可愛い強がりな赤ちゃんに僕はメロメロハッピー
ところで、俺だって元・新宿2丁目の水商売人。しかもなんと!現役の物書きである。これで下手だったら廃業するべきだろう。
と、思ったのだが、実はほとんど勝てた試しがない。
1番のお気に入りは「離さない手を取り合って一緒の墓に入ろう僕と君の宝石箱」というもので、これは2人で手を取り合っていればどれほど地味でも安物でも、人生は世界一の宝石のように美しい、だから一生を共にしよう、という大変ロマンチックなプロポーズなのだ。が、友人たちからは「シンプルに怖い」と不評で、3つの指輪は誰にも受け取ってもらえずに、俺の左手薬指でいつまでもキラキラと光っていた。文学やロマンスというものを理解しない連中だ。
「僕にとって君は味噌汁命よりも大切にするよ」なんてのは、どうだ?
ウェディングなんてクソくらえさ僕がぶち壊して幸せにしてみせる永久に
さて、文字数も少しばかり残っているので、若い頃の思い出話でもするか。
なぜ俺が冒頭に書いた、ピカピカ光る指輪をつけたカップルに目を奪われたかというと、かつての俺にも同じ思い出があったからだ。
彼らと同じ中学生の頃。当時は自分がまだ男性と女性のどちらが好きだったかわからなかった頃の話だが、同級生の男の子と地元の夏祭りに出かけた。
その彼が、射的で当てた光る指輪を、ふざけて俺の指にはめてくれたのだ。深い意味はないだろう。気まぐれに遊んだ射的の屋台で、くだらないおもちゃを手に入れて、いらなかったから俺にくれただけだったと思う。でも嬉しかった。
若い方は知らないかもしれないが、あの頃日本の夏はまだこんなに暑くなくて、それなのに俺の心臓は早鐘のように鳴っていた。多分、初恋だったんだと思う。
それから俺はたくさんの男たちとくだらない恋愛を重ねて、日本ではできもしない同性婚のプロポーズをされたこともあるし、夜職時代はブランド品の指輪をもらったこともある。
それでもあの日、彼がくれたおもちゃの指輪ほど輝く指輪を俺はまだ知らない。あの時彼は、なんて言ってあの指輪をくれたんだっけ。
このゲームをプレイするたび、指に光るカラフルでキッチュな指輪を眺めながら、そんなセンチな気分になる。
夏祭りで見かけたカップルも、十中八九、遠くない未来に別れるだろう。10代の恋愛などそんなものだ。おもちゃの指輪の電池も、数日で切れてしまう。水商売人と客の関係と同じくらい儚い。
だけどもしかしたら。もしかしたらだが…
「死ぬまで終わらない運命の愛かもしれない そう思うだろ?」