同伴出勤前、常連客である公輔と手を繋ぎ、科学技術センターから出てくるミユキの足取りは軽く、上機嫌だった。
館内で体感したアトラクションが幼少の頃と変わっておらず、懐かしさで胸がいっぱいになったのもあったが、これから2人で食べに行く中華料理の味を、もうすぐ公輔と共有できることが嬉しくて仕方なかったのだ。
「なんて名前だっけ?今から行く中華の店」
公輔の質問に、ミユキは弾む声で答える。
「サイカイだよー。西の海って書いて、西海」
「西海かー。何が美味しいんだっけ」
「肉丼っ!もう西海に行ったら肉丼しか頼めないんだよね」
「そんなに美味いんだ」
「正直、肉丼とちゃんぽんがぶっちぎりで美味しいと思う。でも、1人だと両方は食べれないから、いつも肉丼しか頼めなくってさ…」
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「じゃあ、今日は肉丼とちゃんぽんと、2つ頼んだらいいじゃん」
「やーったー!いいのー!?」
「当たり前じゃん」
「あたり前田のクラッカー?」
「あははっ!よくそんな昔のギャグ知ってるね」
ミユキが母に教えてもらった古いネタを炸裂させると、公輔はいつも目を細めて喜び、ミユキの頭をよしよしと撫でてくれるのだった。
店内はかなり客が入っていて、運良くカウンターの空いている席に2人並んで座ることができた。
「生ビール2つと、肉丼とちゃんぽんでお願いしまーす」
「あいよーっ!肉丼、ちゃんぽーん!」
店内に威勢の良い声が響き渡る。
「ミユキちゃんは、ホント色んな美味しい店知ってるな」
「いやー、だってこの辺、超地元だからさ」
「じゃあ、昔よく来てたの?」
「うん。この店、美味しいのに安いから、多い時は週8くらいで通ってたよ」
「週8!?」
「ほんとほんと。1日2回来てたこともあるもん」
「マジ!?じゃ、週8で肉丼ってこと?」
「そうっ!肉丼一筋!」
そんな会話をしながらも、2人の視線は厨房で手際良く具材を炒める料理人の鮮やかな手付きに釘付けだった。
「ずっと見てられるね。スゲー華麗な手さばきだな」
「でしょ?ここホントに出てくるの早くてビックリするよ!」
「美味い、安い、早いって、3拍子揃ってんだ」
「私さ、あまりにも1人で通うから、お店の人に顔覚えられちゃってたみたいで…」
「そりゃそうだろうな」
「1回、めちゃくちゃ思い切って、ちゃんぽん頼んだことあるの。そしたらさー…」
「はいよ、肉丼、お待ちーーー!」
あまりの早さで肉丼が出て来たため、ミユキは肝心のオチの手前で、話を遮られる形になってしまった。
勢いで最後まで話し切ってしまおうかとも思ったが、目の前に差し出されたホカホカで出来たてな肉丼の魅力には勝てそうになかったため、そのまま2人で肉丼に喰らいつくことにしたのだった。
「いただきまーす!」
「はいよ、ちゃんぽん、お待ちーーー!」
久しぶりに食べる肉丼の、甘辛いタレの旨味に悶絶しながら、ミユキはあの時の光景を思い出していた。
日が暮れる少し前の、客がまばらな店内にて。いつも通りカウンターの席に着き、少しだけメニューを見てから「すみません、ちゃんぽんください」とオーダーしたところ「えっ!?ちゃんぽん!?」と、店の人に驚かれてしまったのだ。
その後、「おい!肉丼じゃないってよ!」「え、なに、肉丼じゃない!?」という会話が厨房で繰り広げられた後、作りかけていた肉丼を、大至急ちゃんぽんに変更している様子を肌で感じ取りながら、ミユキは申し訳ないような、ちょっぴり嬉しいような、複雑な気持ちを噛み締めていた。
「ごちそうさまでした!あー、美味しかった、やっぱり最っ高!」
「いやー、マジで最高だったな。肉丼も、ちゃんぽんも、確かに絶品だったよ!」
「でしょ?わかってもらえてよかったー」
ミユキは、公輔とまたこの店に来れば、ずっと気になっていた肉丼とちゃんぽん以外のメニューも食べられるかもしれない、なんて思った。
そして、次に来る時こそは、注文したものが届く前に、例のネタを喋り終えてやろうと誓うのだった。