ミユキが最近知り合った客の男、慶太はセンスのいいスポーツカーに乗っていて、休日になるとミユキをドライブデートに連れ出してくれた。
この日は2人で午前中から待ち合わせ、新緑の美しい貴船で、川床料理を楽しむことになっていた。
川床とは、京都ならではの文化。山奥にある清流の上に、屋形船のような雰囲気のお座敷が組み立てられており、そこで採れたての鮎をはじめとする懐石料理を味わえるのだ。
「んーーー!んまーーーいっ」
焼かれた鮎の上に軽くスダチを絞り、頭から勢い良くかぶりつく。
ホロ苦い鮎の身はまだ熱々で、そこに絡みつく程良い酸味が食欲をさらに刺激する。
ミユキは座敷の上に仰向けに寝転がりそうになるほど、その鮎の美味さに酔いしれた。
「やっぱ最高だわ、ミユキちゃんのリアクションは。だからこうやって、色んなとこ連れて来たくなっちゃうんだよな」
そう言う慶太の服の裾を掴み、ミユキはさらにジタバタと悶絶した。
「だってホントに美味しいんだもんっ…」
至近距離にある小さな滝からは、ザーッという涼しげな音が終始響いている。まさにマイナスイオンに包まれている異空間といったところだ。
滝をバックに2人で自撮りの記念撮影をしていると、デザートを運びに来た店員さんが声を掛けて来た。
「あちらの席で、流しそうめんを楽しんで頂くこともできますが、どうなさいますか?」
「流しそうめんっ!?」
ミユキの瞳がキラッと輝いたのを横目で見ていた慶太は、すぐに「お願いします」と申し出た。
「え、いいの?流しそうめん、体験させてもらえるんだ」
「当たり前じゃん。俺、ミユキちゃんのリアクション大好物なんだから」
「マジでー!?私、流しそうめん人生初だよ!」
「そっか。じゃあ、初めてを奪えちゃうわけだ」
「キャハハッ!」
流しそうめんの専用席に移動すると、店員さんが簡単にシステムの説明をしてくれた。
「こちらのレーンに流れてくるそうめんをお取りください。赤いそうめんが流れて来たら、その時点で終了となりますので」
「はーい!」
2人並んで座り、箸とめんつゆの入った器を持って待機する。
「なんか緊張するよな」
「ちゃんとキャッチできるかな…」
「あ、ミユキちゃん、来たよ!来た来た!」
ミユキは、流しそうめんのことをよく知らず、絶え間なく流れている麺を、好きなタイミングでつまみあげるのだとばかり思っていたが、実際はしっかり絡まった麺の塊が、一定の感覚を空けて流れてくるシステムなのだった。
「おぉーっ!掴めたー!」
「うおっ、もう次が来てるよ、ミユキちゃん」
「ひょっと待って…、まだ食べれてな…、ふっ…ふがふが…」
「ちょっとちょっと!早く掴まないと!」
「ヤバイよ、これわんこそばのペースじゃんっ」
ミユキは、わんこそばも未経験だったが、予想外に早いペースで流れてくるそうめんを次々に口に放り込むこの感覚は、わんこそばを食べる時のそれに似ていると直感していた。
「んーっ!んううーっ!…待って…待ってぇ…」
「ミユキちゃん、次、次!ちょ、アハハっ!忙しいな、コレ」
2人ではしゃぎ合いながら、そうめんを頬張っていると、目の前に薄いピンク色をしたそうめんの塊が流れて来た。
「あっ、これがさっき言ってた最後のヤツか?」
ミユキの器に、まだ大量の白いそうめんが入っていることを確認した慶太は、咄嗟にピンク色の塊を掴みあげ、自分の器に入れた。
そして…
「赤いそうめんって2人分、来るのかなぁ〜」
なんて言いながら、何気なく薄ピンクの麺を頬張ったのだが…
「んっ!!!なんだこれ、めっちゃ美味い!紫蘇の味がする」
「え、なに…シソ?」
帰りの車の中で、慶太はまだ首をひねり、ちょっぴり悔しそうにしていた。
「そんなに美味しかったの?シソそうめん」
「そうなんだよ、ミユキちゃんのリアクションが見たかったなぁ〜」
「アハハ!そっかー、食べてみたかったな。幻の赤そうめんだね〜」
2人の乗った車は、竹筒の中を流れる赤いそうめんのように、華麗に貴船の細い山道を下っていくのだった。