【夜職ブックレビュー】『リーマンミーツホスト』

今更だが、当サイト・ダブルテラスはホストやキャバを中心とした、ナイトカルチャーに特化したウェブサイトである。
雇われているライター陣も皆、現役でナイトシーン最前線のプロばかり。最高にクールだ。

そんなサイトに書かせていただいてる立場上、こんなことを言ってはかなりまずい気もするのだが…実は俺、もう長いことホストクラブというところに行っていない。ああっ、隠していてごめんなさい!クビにしないで!
しかし実際男1人で(ゲイとはいえ)ホストクラブにふらっと入るのは、心理的にも経済的にもハードルが高い。編集部の方でホストクラブに連れて行ってくれたら、いい記事が書けると思います。もちろん編集部の経費で!!

さて。ホストクラブはご無沙汰な俺だが、実はホストにガチ恋をしたことがある。
今回は本の紹介ついでに、過去の恋バナでもしようか。あれが恋だったのか友情だったのか、今となってはよくわからないが。

危うくて繊細な男同士の友情『リーマンミーツホスト』

書店で見かけた、かわいちひろ著『リーマンミーツホスト』という漫画を手に取ったのは、完全なるジャケ買いだった。
人々が行き交う夜の歌舞伎町の真ん中で、金髪のチャラい男と、地味なメガネの男が見つめあっている。2人だけに夜空からサスペンションライトが当たり、それ以外の人間はみんなモノクロだ。歌舞伎町のネオンと、2人だけが鮮やかなカラーで描かれている。まるでこの世に2人っきり、みたいだ。とてもいい。

一見BLマンガのようにも見える表紙だが、帯には「アイドルオタクとイケメンホスト 大人の”友情”物語。」とある。
ご丁寧に”友情”と強調しているのだからBLではないのだろうが…と、なんだか気になったので、そのままレジに持って行ってしまった。
決して表紙の金髪ホストが、かつて恋に落ちたホストと似ていたからでは、ない。

男性でありながら、男性イケメンアイドルを「推し」ているサラリーマン・片山秀一。冴えない毎日を送る彼が、推しアイドルのコンサート会場で、女性から変出者のような目で見られてしまうところから物語は始まる。
夜の歌舞伎町を彷徨う秀一の前に現れたのは、ホストの月島悠。面白半分で秀一を客として、自分の店に連れて行ってしまう。
不釣り合いな世界に戸惑いながら、しかし聞き上手な悠の接客を受けるうちに、孤独な秀一の心は少しづつ解けていき、悠をアイドルのように「推し」始める。
悠の方でも、熱心に自分に会いに通ってくる秀一との関係の中で、不思議な心地よさのようなものを得ていく。

価値観も生き方も、何もかもが真逆の世界を生きる2人の男性の人生が交差する、ちょっと危うい”友情”の物語だ。

ホストに恋をした夏

そもそも俺が、なぜこのサイトに書かせてもらっているかというと、長いこと新宿2丁目のゲイバーで働いていたゲイのライター、という特殊な経歴を買ってもらったからだ。
新宿2丁目といえば、男性同性愛者の街というイメージかもしれないが、ノンケ(異性愛者)の男女客もかなり多い。

そのホストもそんな、どこかから迷い込んできた、ノンケ男性の1人だった。

ゲイバーの仕事を終えて、2丁目のクラブに繰り出した時、タバコの火を貸してくれと声をかけられたのが出会いだった。男のタバコはラッキーストライク。
彼の仕事はホストで「男とか女とか全部めんどくさい」気分になると、男とか女とかがない、2丁目のクラブに踊りに来るのだと言った。彼を胡散臭いというゲイの友人もいたが、気さくで、明るくて、俺は好きだった。
俺たちはタバコを吸いまくり、ゲイバーや居酒屋で潰れるまで割り勘で酒を飲み、そして指一本触れ合うことはなかった。

彼はゲイではないし、「男とか女とか全部めんどくさい」から俺と遊ぶのだし、俺だってノンケの、それもホストとどうこうなろうと思うほど、男に飢えているわけでもなかったから。
短い時間ではあったが、俺たちは確かに友達だった。

それがどうしてあんなことになってしまったのだろうか。

俺たちは雑居ビルのエレベーターホールでキスをしていた。それもめちゃくちゃ濃厚なやつを。
酔っていて細かい記憶はないが、俺からしたことは覚えている。唇を離した時の、彼の空洞のような瞳も、鮮明に思い出せる。そしてその夜以降、2度と会っていない。

別に彼は怒っていなかったし、拒絶もしなかった。なんなら笑顔さえ見せた。しかし間違いなく、あれは友達の目ではなく、ホストの目だった。「お前もか」とその瞳は言っていて、もう友達には戻ってはくれないと悟るのには、十分だった。

押し殺していただけで、結局俺はずっと彼が好きだったんだろう。それに彼は絶望したに違いない。

夜の世界は壊れやすいから

ホストに限らず、水商売は孤独な仕事だ。そしてその客もまた孤独。

どれほど派手なネオンやシャンパンの輝きがあっても、みんなでゲラゲラ笑っていても、夜の世界の大半は嘘でできている。名前を偽り、年齢を偽り、仕事を偽り、過去を偽り、故郷を偽り、服の趣味を偽る。
もちろんそれが心地よさでもあるが、自分を偽ることで、みんなが少しずつ「独りぼっち」という感覚を抱えているのではないか。

悠は「独りぼっちはその代わり身軽だし」と言う。その、すごく優しいのに、何かを諦めているような目つきが、やっぱり、かつて俺が恋に落ちたホストの男によく似ていた。

男性アイドル好きの男性、というマイノリティな属性から孤独を抱えていた秀一。ホストという仮面をかぶることで孤独を抱える悠。本当の自分を押し殺して生きる2人の孤独が次第に共鳴していく、繊細で、美しい物語だ。
そして、だからこその危うさもある。

孤独な人間は壊れやすい。同時に孤独と孤独は引き合いやすい。引き寄せあったその時、どちらか一方が力加減や距離感を間違えてしまうと、一瞬で粉々になる。
それは友情だけではなく、恋心や金関係でも同じだ。
夜の世界における、ガチ恋客の暴走(ストーカーや暴力沙汰)も、結局はそのバランスの悪化が招くのだろう。

孤独が共鳴してようやく光を放つ夜の世界は、昼の世界よりも不安定で、脆くて、ずっと壊れやすい。
俺はその力加減を間違えた。そして”友情”を失ってしまった。自分の孤独ばかりに気を取られて、相手の孤独を軽視したからだ。「この男が欲しい」という自分の欲望を優先した。壊れるのはいつだって一瞬だ。

秀一と悠が今後どのような関係になっていくかはわからないが(BL展開もそれはそれでアツい)壊れてしまわないように、丁寧に関係を築いていってほしいと願うばかりだ。
全ての水商売人と、その客にもまたそれを願う。働く側も、金を落とす側も、夜の世界だからこそ、適切な距離感を保ちたい。

『ボーイミーツホスト』は、そんな当たり前だけど、みんなが忘れがちなことを思い出させてくれる1冊だった。

ガラス細工や琥珀糖のような脆い人間関係が砕けてしまった時、飛び散ったその破片すらキラキラとネオンに反射して、どこか儚く美しいのも、夜の世界特有の皮肉ではあるが。

おまけ

今回もなかなかいいことを書いた気がする。
しかしやはり、実際にホストクラブにいくともっと臨場感のあるものが書けると思うので、ぜひ編集部は俺をホストクラブに連れて行ってほしい。もちろん経費でね!!
俺もいい男と酒が飲みたいよ〜。

ABOUT US
元・新宿2丁目ゲイバースタッフ。ゲイ。現在は恋愛・性・LGBTなどを主なテーマにコラムを執筆するフリーライター。惚れっぽく恋愛体質だが、失敗談が多い。趣味は酒を飲むことと読書で、書店員経験あり。読書会や短歌の会を主宰している。最近気になっていることはメンズメイク。