【夜職ブックレビュー】漫画『湯遊ワンダーランド』

冷え性で寒がりの俺にとって、この季節は大敵である。つらい。何もしたくない。

なので今日も布団で漫画を読みながら占い系のYouTubeを聞きまくっていたら「あなたは体を温めると運気が上がる」という占い師がいた。「塩サウナがおすすめ」とのことだ。
「花笠音頭を踊るのもいい」「ジャンボリミッキー(ディズニーランドの陽気なダンス)も踊るといい」そうだが、それはよくわからない。

これは天啓だ、と俺は思った。
なぜなら俺がその時に読んでいた漫画も、なんとサウナを題材にした漫画だったからだ。タイトルは『湯遊ワンダーランド』。

お告げだ。神がサウナへ行けとおっしゃっている。

記事の締め切りは明日だが、バスタオルを引っ掴んで俺は近所の塩サウナに行くことにした。
だって神がそうおっしゃっている。そりゃ編集部より神の言うことを聞くべきだろう。

なんて言い訳しているが、実はもう今週4度目のサウナだ。仕事しろ。
そしてこの漫画の中にも、そうやって何かと口実を作ってはサウナに行こうとする、愚かしくも愛らしいキャラクターたちが登場する。

ホストの間でもサウナが空前のブームということなので、(ちょっと無理矢理な気もするが)今回は夜職のみなさんへご紹介したい、サウナ関連のブックレビューである。

ピースフルハートウォーミング系サウナ漫画『湯遊ワンダーランド』

読者諸氏には俺のセクシーな入浴シーンを延々と描写して喜んでもらってもいいのだが(冬なので脱毛はサボり気味)惜しいことに今週はブックレビューの回。
ホストなど夜職に限らず、世間は熱狂的なサウナブームだ。サウナ関連の書籍も無数に出版されている。

その中でも俺のダントツのお気に入り、改めてご紹介するのが、まんしゅうきつこ著『湯遊ワンダーランド』(全3巻)という漫画だ。
「まんしゅうきつこ」……声に出して読みたいたいへん美しい日本語ではあるが、現在は改名して「まんきつ」というペンネームで活動している。
余談だが彼女のブログのタイトルは『オリモノわんだーらんど』である。美しい日本語だ。

日々の生活や仕事で迷走しがちな漫画家の主人公「きつこ」が、まるで自分探しの旅をするバックパッカーのごとくサウナや銭湯に通い、その魅力に取り憑かれていき、でも特に自分が見つかるわけでもない、という壊れかけのスチームサウナくらいぬるい温度感で進んでいくピースフル&ハートウォーミング(?)な作品に仕上がっている。

煩雑な日常に押し潰されそうになる度サウナに駆け込むきつこが、汗だけではなく雑念まで流してデトックスし、帰り道では「いろいろあったけどま、いっか」「あ〜いい風超気持ちいい」とツルツルの笑顔になっている。

まだサウナブームに今ほど火がついていない頃の作品で、この漫画を読んだ当時の俺は、見事にサウナーの仲間入りを果たした。
俺がちょうど新宿2丁目のゲイバーで働いていた頃だ。水商売はストレスや辛いことが多いからな。

2023年の中旬には、ともさかりえ主演で実写ドラマ化もされている
実は俺は以前書店で働いていたことがあるのだが、その店で催されたサイン会で著者本人にお会いしたことがある。ともさかさんに負けないくらいの美人である。
まったく関係ないが俺を実写映像化する際は、中村倫也か佐藤健あたりがぴったりだと思う。

塩まみれで踊ってたらホスト風の兄ちゃんにビビられた件

占い師の言う通り、塩サウナがある銭湯へとやってきた俺。

全身に塩をまぶして温まること数分。塩揉みされた白菜のごとく、全身から水分が抜けていく。大量の汗と一緒に、塩の浄化作用で邪気や煩悩も流れていくのを感じる。
サウナ・水風呂・外気浴を繰り返していると、全身に血が巡り、思考が冴え渡り、気分も前向きになってなんだかいい記事が書けそうな全能感が湧いてきた。

あの占い師は正しかった。塩サウナで俺の悩みは全て解決だ。

サウナ室の中には誰もいなかったので、椅子に座ったままジャンボリミッキーも踊った。花笠音頭というのは一体どういうものなのかは知らなかったが、あとで絶対YouTubeで検索しよう、と思った。
ディズニーオタが数多くいるこの世界で、汗まみれ塩まみれの全裸でジャンボリミッキーを踊ったことのある人間が、何人いるだろうか。

そこに金髪の若い男性客が入ってきて、全裸ジャンボリミッキーを観られたのかはわからないが、なぜか俺から1番遠い椅子に座った。

華奢、色白、金髪、そして平日の昼間からこんなところにいる……ホストだ!と直感的に思ったが、ここは歌舞伎町じゃないし、華奢で金髪で色白の男などこの国にはそれこそ塩漬けの保存食にするくらい大勢いる。

彼がホストかどうかは知らないが、どういうわけか昔から夜職とサウナはビジュアル的にも相性がいい。

……意図せず見えてしまった彼の下の毛が全部ツルツルのパイパンだったので、やっぱりホストかもしれない(偏見)。
冬だからといって脱毛を怠けていた自分の股を恥じるばかりだ。
パイパンにすると水風呂が気持ち良くなる(気がする)というのは、『湯遊ワンダーランド』からの受け売りである。

夜職のみんながサウナを好きな理由とは?

人間にはシェルターが必要だ。もうだめだ、という時に駆け込める安全な場所が。
そして『湯遊ワンダーランド』のきつこにとってそうであったように、サウナは人々のシェルターたりえる場所なのではないか。

サウナ室の中では、誰もが素の自分でいられる。そして誰もが平等だ。
夜職に限らず、人はみんな社会生活を営む上で「誰か」を演じているものだ。外見も、内面も。それが意識的であれ無意識であれ「他者から求められる自分」という仮面をかぶっている。
その仮面をいっとき外し、本来の自分と向き合えるのがサウナの魅力ではないだろうか。

じゃあ塩まみれでジャンボリミッキーを踊っているのが俺本来の姿かと言われれば断じてそういうことではないのだが、サウナ室では基本私語は厳禁だし、薄暗いスペースで、服も化粧もアクセサリーも香水も身に纏うことなく、ただただありのままの素っ裸の自分と対話できる、希少な時間だ。

誰もがリラックスする空間でありながら、その実「無心」になっている人は少ない気がする。
作中のきつこがそうであったように、むしろ普段よりも思考がフル稼働しているのではないだろうか。

それは人間にとって必要な時間と作業だ。
人は「誰か」を演じているうちに、その「誰か」の思考でものを考えるようになってしまう時がある。
特に夜職のような、たくさんの仮面を必要とする職業では、働き続けるうちに本来の自分を見失いがちになる。

そんな見失いがちな本当の自分と対話したくて、ホストやキャバ嬢はサウナに通うのではないだろうか。
少なくともサウナ室には、歌舞伎町でしか通用しないセンスのハイブラジャケットも、高いヒールも、ドレスも持ち込まなくていい。髪をうんこみたいにでっかく巻き上げる必要もない。

サウナのあと、何が食べたい?俺は今たこ焼きが食べたい

さて、実はこの記事サウナ上がりで髪も乾かさずにそのまま書いている。
YouTubeで花笠音頭を検索したらなかなかアッパーな楽曲が流れてきて、それを聴きながらノリノリで執筆中だ。

我が家の近所は銭湯・サウナの激戦区であり、『湯遊ワンダーランド』に登場する施設や飲食店もいくつかある。

作中ではきつこがサウナ上がりに食事を取っているシーンが何度も登場するが、そう、サウナの後は飯がうまい。そしてどういうわけか、寿司や天ぷらなどの高級料理よりも、街中華などの庶民的なものの方が美味しく感じるのだ。

同伴で食べさせてもらえる回らない寿司やサシの入った焼肉もそりゃ美味いが、正常な味覚というのは本来こういうものではなかろうか。
バカみたいな値段のシャンパンを好きなのが、果たして本当の君か?

この記事の締め切りは明日だが、正直もう文字数はこの時点でクリアしているし、腹も減ったし、年末だし、VIO脱毛の予約もしたいし、喉が渇いたので冷えたビールが飲みたい。
花笠音頭のリズムが盆踊りを彷彿とさせるので、焼きそばとかたこ焼きとかソースものが食べたくて仕方ない。

締め切り前日に駆け込みで提出しておいてふざけんなよ、何がビールだ、何が花笠音頭だ、もっと働かんかい、と編集部にはどつき回されるかもしれないが、サウナでととのった今の俺は正直無敵だ。
サウナ後のきつこと同じく「ま、いっか」「風気持ちいい〜」の賢者モードである。

本来の俺は、こういう男なのだ。締め切り前日でも「ビール飲んじゃお〜」とか言っちゃうのが、サウナで剥き出しになった素の俺なのである。

夜職のみんなもたまには化粧を落としたすっぴんで、仕事サボって、こんな風に昼間っから爽やかな風を感じてみてはいかがだろうか。
その時はぜひ気軽に読める漫画なんかが1冊側にあるといい。なんでもいいけど、たとえばそうだな、今回ご紹介した『湯遊ワンダーランド』とか?

おまけ

2023年、俺の担当する分の記事はこれで最後です(他の人の記事は更新されるよ)。今年も1年ゆるーい記事を読んでくれてありがとうございました。
来年からも(クビにならなければ)こちらのサイトで連載を続けさせていただきますので、よろしくお願いいたします。

こういう生真面目なところも、俺本来のいいところだな。
また来年!良いお年を!!寒いからみんな、サウナであったまるといいよ!!

ABOUT US
元・新宿2丁目ゲイバースタッフ。ゲイ。現在は恋愛・性・LGBTなどを主なテーマにコラムを執筆するフリーライター。惚れっぽく恋愛体質だが、失敗談が多い。趣味は酒を飲むことと読書で、書店員経験あり。読書会や短歌の会を主宰している。最近気になっていることはメンズメイク。