同伴デート中、「ミユキちゃんの今、一番の夢って何なの?」と突然、公輔に尋ねられたミユキは、食べ物のことしか思い浮かべられなかった。
「こんな大それたこと、口にしていいのかわからないけど…」
「え?うん、なになに?」
「てっさを…」
「てっさを?」
「お箸で端から端までザーッ!…て」
ミユキの頭の中には、美しく扇状に並べられた透明なふぐの刺身皿が鮮明に浮かんでいた。
人生の中でも数回しか食べたことのないふぐ刺を、ミユキはいつもチビチビと1切れずつ食べていた。もちろん、その理由は「一度に食べてしまったらもったいないから」だ。
「マジかー!でも、それが確かに大それた夢って言うの、わかるよ」
「でしょ?」
「実際、本物を前にしたらザーッとはいけないもんだよ」
「だよね?そうだよね?」
そんなわけで、ミユキは公輔に、金閣寺の近くにあるふぐ料理の専門店『ともえ』に連れて来てもらうのだった。
「どう?ミユキちゃん!ついに、念願の…だよ」
「叶っちゃうのかな、私の夢」
1人前ずつ、小皿に丁寧に並べられたふぐの身を、ミユキは端から箸ですくいあげたのだが、その動きは1切れを救いあげたところでピタリと止まってしまった。
それは、女将さんの突き刺さるような視線を感じたからだ。
この店は、ふぐに対するこだわりが異常なまでに強く、視線を送るどころか、正しい食べ方を最初から最後まで徹底的に管理するような状態だった。もちろん、良かれと思ってなのだが…
「まずは、この塩で1切れいってちょうだいね〜」
「…はいっ」
「そのあと、このポン酢でまた一切れ食べて。それからこの白子を少し溶かして〜…」
ミユキは売れっ子キャバ嬢をやっているだけあって、自分の意見はきちんと言える方だったが、それでも、この状況で「もう一思いにザーッといっちゃっていいっすか?」とは言えない、空気を読んでしまうタイプの女だった。
女将さんのふぐに対する熱量トークは、ふぐを網で焼いている時も、唐揚げが登場した時も、鍋がやってきた時も、無限と思えるほどに続いていく。
「ふぐの店言うたら、他にもぎょうさんあるけど、ほんまもんはうちだけよ」
「そうなんですね〜」
「他の店のはどうしても生臭くなってしまうんやけど、うちのは特別でね…」
普通のキャバ嬢だったら、お客さんとの会話を考えなくても、女将さんが仕切ってくれるので、こりゃ楽だ!なんて思いそうなものだが、ミユキは公輔とトークを楽しむのが純粋に好きだったので、全く会話が成立しない状況に対し、一抹の寂しさを感じ始めていた。
このふぐは、ヤバイ!ウマイ!最高過ぎる!そう叫んで盛り上がりたいのだが、女将さんの手前、どうしても借りてきた猫のようになってしまい、リアクションが取れないのだ。
ミユキは、座敷で公輔と向かい合わせに座っていたのだが、途中から席を隣同士の位置に移動し、ピタッと寄り添った。
「あら、仲良しね〜。お隣に移動したの?」
「えへへ」
テーブルの下で公輔に手をつないでもらい、ミユキはようやくふぐの美味しさに集中し始めることができた。
鍋が終わりに差し掛かる頃、チラチラと公輔の方を見ていた女将さんが、「え〜っと…、誰やったかな」と何やら考え込むような仕草を見せた。
「お兄さん、誰かに似てるんよね…、ほら、あの…、ジャニーズの」
「え、ジャニーズですか!?」
「ハム輔イケメン確定じゃん」
「誰やったかな、ぶい…ぶいしっくすの…、えーっと、ナカ…ナカなんとか君」
「V6に、ナカなんとか君なんていましたっけ?」
「ナカ…ナカ…、えーっと、朝の番組に出とるんやけどな」
暖簾をくぐって店を出ると、2人は「ハーッ…」と幸せな深いため息をついた。
「最後の白子のスープ…、あれはヤバかったね」
「ヤバかった。あれは記憶吹き飛ぶレベルの美味さだったよ」
「最高だったね〜、ナカなんとか君」
「ふふっ、誰のことだったんだろう」
「誰だったとしても、ジャニーズならイケメンに間違いないよ」
そして、2人はまた仲良く手をつなぎ、思う存分ふぐの美味しさについて語り合うのだった。