その日、ミユキの店は休みだったのだが、客の慶太に誘われ、スポーツカーで神戸まで連れていってもらい、2人でドライブデートを楽しんでいた。
港で風に吹かれながら散歩をした後、南京町をフラリと歩き、夕飯時を待つ。
いつもオシャレな慶太が、今日は一体どんな店をセレクトしてくれたのだろうと、ミユキは昼過ぎくらいから楽しみで仕方がなかった。
しかも「今までで一番、楽しみにしていて欲しい!」とまで言われたので、さらに期待値は高まっていた。南国のリゾートのようなところだろうか?それとも、地下の隠れ家のようなところなのだろうか?
「もうすぐだよ。あの神社の向こうだから」
「えー、ヤバイ…。どんな店だろ」
店内に足を踏み入れたミユキは、目を疑った。
店の中は、巨大なアクアリウムのようになっていたのだ。しかも、その中を泳いでいたのは…
「えっ、すごい!これ、サメ…!?」
ミユキの目の前を、本物のサメが悠々と泳いでいく。スクリーンに映し出された映像ではなく、本物のサメだ。
「どう?この雰囲気、ミユキちゃんなら絶対気に入ってくれると思ってさ」
「いやいや…気に入るとかいうレベルじゃなくて、こんなの初めてだし…」
こんなの初めて、と思わず口にしてしまってから、ミユキは恥ずかしさでパッと頬を染めた。
幸い、店内の照明がムーディーで暗かったので、慶太にはバレていない様子だったが。
「こんなの初めて」は、女性向けの恋愛ハウトゥー記事などで、男性を落とすのに効果的な言葉として、いつも真っ先に挙げられている。売れっ子キャバ嬢として、そんな安易な言葉を吐くのは、ミユキにとって恥ずかしいことだったのだ。
絵に描いたかのような美しい色のカクテルを飲んでいるうち、ミユキはうっとりと夢見心地になり、テーブルにうつぶせになるようにピトッと頬をつけた。
「どうした?酔ってきちゃった?」
「うん…、なんかこの雰囲気にいい感じで酔ったかも」
「お待たせしました、フィッシュ&チップスでーす!」
その時、イケメン店員が2人のテーブルに運んで来たのは、魚の唐揚げだった。知らないうちに慶太が注文してくれていたのだろう。
「いただきまーす!何の魚かな?」
「サメだよ」
「…っ!」
ミユキは、どうリアクションを取って良いものか、なんとも複雑な気持ちを味わった。
目の前で泳いでいるサメを見ながら、サメの肉を食べるのは、なんとなく心理的にいかがなものかと、ほんの一瞬だけ思ったのだが。慶太が連れて来てくれた店である手前、そのことはもちろん、口に出さなかった。
「人間って、罪深いよな〜」
ミユキの気持ちを察してなのか、自らふと思っただけなのかはわからなかったが、慶太は珍しく低い声でアンニュイにそうつぶやいた。
「ん〜…」
ミユキは肯定も否定もせず、フワッとした笑顔を見せ、慶太のカクテルに口をつける。
「あっ、カメだー!」
店内にいるのは、魚だけだと思っていたが、いつの間にか大きなウミガメが2人の傍にやってきていた。
「サメとカメかぁ」
そうつぶやいた直後、ミユキはふと「ねぇ、さめがめってゲーム知ってる?」と口にしていた。
「知ってる!!!」
慶太がカクテルを噴き出すほど激しくリアクションしてくれたので、ミユキは嬉しくなって、そのまま素手でサメの唐揚げを1つ頬張った。
「さめがめ知ってるわぁ…、あれって、みんな一度は通る道なのかな」
「あれ、なんでさめがめって言うのかなぁ。サメもカメも出て来ないよね?」
ミユキがそう言うと、慶太は冷静に「あれって確か、SAME GAME を読み間違えたのがキッカケで、さめがめになったんだよ」と答えた。
「えーっ!?ウっソーッ!それ、初めて聞いたんだけど」
「ははっ、こんなの初めて?」
ミユキは、先程の「こんなの初めて」発言を、時間差で慶太にイジられ、カクテルで酔っているのもあってさらに頬を染めるのだった。