【コラム】男が綺麗になってはいけないのか?

野球に興味はないしルールもほとんど知らない。しかしWBCには湧いた。なぜか?

大谷翔平である。

大谷翔平はすごい。野球もすごいが人柄もすごいし(歩いている時道に落ちているゴミを拾ったりするらしい)そしてものすごく肌が美しい。

美容の大敵である紫外線(それもロサンゼルスの強そうなやつ)を毎日ガンガンに浴びているというのに、なぜあの美しさを維持できるのか。

もしお会いできる機会があれば野球のことよりもその辺りをゆっくり聞きたいところだが、もちろんその予定は今のところない。こちらのサイトでそういった場を用意していただけないだろうか。

なんにせよ、これほど内面も外見も美しい日本人スポーツ選手が、かつていたであろうか?

彼をみていると男の美しさの本質、というものについて考えずにはいられない。

綺麗になりたい少年たち

これは俺がゲイであることと関係あるかはわからないが、子供の頃、漠然と綺麗になりたかった。

自分で言うのもなんだが俺は決して不細工な子供ではなかったし、モテなくもなかったが、そういうことではなく、もっと自己肯定感的な意味で綺麗になりたかった。だからスキンケアやおしゃれに無関心な周囲の男の子や大人の男性たち、そしてその無関心さを「男らしさ」とする世間のムーヴにずっと反発を抱いていた。

でもそういう話をすると「おかま」とからかわれたり、「男のくせに」と言われるということも経験上俺は知っていた。ニキビ治療にいった皮膚科の医者すら「まあ青春のシンボルだから」「男の子なんだしあんまり気にしなくても」と笑う。

だから俺はその思いを胸に秘めて誰にも言わなかった。誰にも言わず、それでもこっそりと母の指輪をつけてみたり、化粧道具をいじってみたりもした。目つきが悪いのがコンプレックスの俺は、これをやればパッチリと目が大きくみえるのだろうかとこっそりビューラーというやつを使ってみて、まぶたの肉を挟んで悶絶した。(そのせいで今も怖い)

これは女装癖とかそういう話とは違う。俺はゲイだが女の子になりたいわけではなく、綺麗になりたかっただけなのだ。汗と泥まみれの同級生たちのように生きるのが嫌だっただけなのだ。そしてそんな想いを抱いていた少年は俺だけではなかったはずだ。

今、夜の世界でホストとして働いている男性たちの中には、かつてそんな少年だった人々も少なくないのではないだろうか?

ホストたちがくれたもの・変えたもの

かつてのホストといえば、その美意識ゆえに、嘲笑の対象になることも少なくなかった。

何時間もかけて作られるメイクやヘアスタイル、きらびやかな服装は確かに当時は非日常で不自然だとも言えた。

俺が身を置いていた新宿2丁目のゲイバーなどではメンズメイクは珍しくはなかったが、やはり化粧をしたり、過剰な美意識を持つ男性に、世間の風当たりは強かった。

だがしかし今はどうだろう。

街ゆく若い男性の大半が髪をワックスやバームでセットしているし、爪は切り揃えられ、髭やすね毛は脱毛され、香水のいい香りがして、ファンデーションなどの最低限のメイクや紫外線対策も一般的になりつつある。それこそ野球界のスーパースター・大谷翔平が化粧品や日焼け止めのCMに起用される時代だ。

若い世代にとっては当然になりつつあるメンズ美容。男性だけではなく、女性サイドもまた男性のメイクや脱毛といった美容に対し違和感を感じなくなっている。

何かと遅れているこの国でそれが許される自由な時代を作った要因のひとつは間違いなく、メンズ美容の先駆者たるホストたちだ。本人たちに自覚はないかもしれないが。

女性かゲイだけのものだと言われていた美容やメイクを、一般男性の世界にまで降ろしてくれた功績はあなたたちが思うよりもはるかに偉大で、社会的な変革とさえ言える。

それは本当は綺麗になりたい男性たちや、俺をはじめとするいわゆるLGBTQと呼ばれるセクシャルマイノリティたちの自由にまでつながっている。人は好きな服を身にまとって良いし、自分の好きな自分でいて良い。モテや、世間が決めたくだらない「男らしさ・女らしさ」のためではなく、鏡に映った自分を愛するために生きて良いのだ、と。

俺の高校時代、今ほどではないけれど男性の美容が少しずつ受け入れられ始めた時代。隣の席の女の子が放課後の教室で、気まぐれに俺の爪を透明なマニキュアで塗ってくれた。「変じゃないかな」とオドオドしていた俺にその子が「別に、最近は男の人もこれくらいやるでしょ」と笑顔で言ってくれた日のことを、俺は忘れない。安物のマニキュアを塗った俺の爪は、放課後の教室に差し込む夕日を反射して、オレンジ色に輝いていた。とても綺麗だった。

そういう青春をたくさん、あなたたちが若者に与えてきたのだ。誇りに思っていい。

あなたたちは、世界や、時代や、常識や、多くの少年たちの人生を確かに変えた。

男たちの輝き メンズ美容の未来

そういう意味で夜の世界を生きる男性達は、大谷翔平に似ていると言えなくもない。

彼の肌が綺麗だと気がついているのはどうやら俺たちゲイだけではなく、ストレートの男性や女性、化粧品会社やCM制作会社も同じらしい。

ネットか何かの写真で大谷が使っている高級なデパコス化粧品が特定された後(コスメデコルテのリポソーム美容液)あっという間に売上が爆上げして品薄になったという。そして購入者の多くには、男性がいたという。

これでまた日本のメンズ美容の世界は、一歩前進するだろう。

前述したようなくだらない「男らしさ」や古い常識が今なお残っているのも現実だ。だけどその壁をひとつずつ、彼や、あなたたちのような男性たちがぶち壊してくれるのだ。

俺は厚化粧な方ではないが、日焼け止めやB.Bクリームを塗って、脱毛した足や腕を出して、街を堂々と歩けるのはそういう人たちのおかげなのだということを忘れない。

今日もテレビやネットを覗き込めば、あちこちに大谷翔平がいる。ボールを投げ、バットを振り、全力で塁を走り廻る彼のよく手入れされた肌には、無数の汗が太陽の光を反射してキラキラと輝いている。

それは都会のネオンの下で輝く、シャンパングラスの中のヴーヴクリコの泡の輝きに、少し似ている。放課後の教室で、はにかむ1人の少年のマニキュアに反射する、夕日の輝きにも。

ABOUT US
元・新宿2丁目ゲイバースタッフ。ゲイ。現在は恋愛・性・LGBTなどを主なテーマにコラムを執筆するフリーライター。惚れっぽく恋愛体質だが、失敗談が多い。趣味は酒を飲むことと読書で、書店員経験あり。読書会や短歌の会を主宰している。最近気になっていることはメンズメイク。