【コラム】水商売人はサウナへ行くべき?

夜の世界で働くということ、それはつまり自分の姿を偽るということでもある。

髪を盛り、メイクをほどこし、昼間の太陽の下では少々派手すぎるであろう服を身にまとい、年齢や名前を変え、客のくだらないダジャレや下ネタにも笑ってみせる。

それらは「嘘」というより「武装」と呼ぶ方がふさわしい。

過酷でストレスフルな夜の街で働き続けるには、自分を守る強い鎧や仮面が必要だ。高いヒールや派手なスーツやキラキラした源氏名はそのためにある。

しかし、はっきりとしたオンオフがしづらい仕事でもある水商売。営業時間外であっても営業メールのやりとりをしたりと、いつも気を張って鎧をまとっているせいで、身も心もガチガチにコリ固まってしまっている人も多いのでは?

そんな水商売人のために今回は、今空前のブームを巻き起こしている「サウナ」での、いわゆる「サ活」を提案したい。

サウナの効能・入り方

「サウナ」「水風呂」「ととのう」「アウフグース」「熱波」「ロウリュ」などという言葉がテレビや巷で飛び交うようになったのはここ数年だ。

サウナに入り、水風呂で冷やし、外気浴で休憩…これを1セットとして、数回繰り返すことでディープリラックス状態、いわゆる「ととのう」という状態になる。

自律神経や副交感神経が調節されることで精神が安定し、汗をかいたり、温冷浴で毛穴を刺激することで肌が綺麗になったりというメリットがある。

熱さが苦手で入れないという人もいるかもしれないが、施設によって設定温度は様々だし、水風呂の温度も同様なので、事前に口コミ等を調べてから自分に合った施設を訪問するといいだろう。

もちろん無理はせず、こまめな水分補給だけは忘れずに。

なぜ、サウナなのか

俺も新宿2丁目のゲイバーで働いていた頃は、よくサウナの世話になったものだ。

不規則な生活が避けられない水商売は肌が荒れやすいし、慢性的な睡眠不足やアルコール摂取のせいで疲れも取れにくい。

何よりいつもチカチカしていて賑やかな夜の街にいるから、薄暗くて静かなサウナはとても心が休まる。

静かな温泉宿に旅行に行くほどの体力も時間もない水商売人の、束の間の休日。サウナに行くことはそんな自分の体を手軽にリセットするのに、最適だった。

めんどくさい客や、意地悪な同僚、伸び悩む売上、自分の年齢、このまま夜の世界を生き続けるべきかどうかという葛藤。そういったごちゃごちゃした悩み事を、ほんのいっときだけ手放すことができた。

その時俺はすべての鎧や仮面を脱ぎ捨て、水商売人ではなく、素っ裸の、ただひとりの人間としてそこにいた。

そしてそれはサウナ室の中にいた他の客たちも同じだったのではないだろうか。

ありのままの自分でいることの難しさ

サウナの中ではみんなが裸だ。高いヒールや派手なスーツを身にまとったまま中に入ることはできない。

それはサラリーマンだろうと水商売人だろうと肉体労働者だろうとヤ◯ザだろうと関係ない。

それぞれがそれぞれの役割、鎧を脱ぎ捨てて平等になる場所、それがサウナ。静かに目を閉じて、フラットな心で自分と向き合うわずかな時間。

「素敵ですね」「すごーい」「嬉しいです」「また会いに来てくださいね」

など。俺たちがひと晩に何度も繰り返すそういう言葉の数々の中には本心もあれば嘘もあるが、冒頭でも述べたように、夜の仕事の大前提は自分の姿を偽ることだ。

そんな日常を過ごしていく中で、本当の自分を見失いそうになる時もある。言葉や服で自分を武装していくうちに、元々の自分の姿を忘れてしまいそうになる。

しかしサウナ室の中で、生まれたままの姿で汗を流していると、汗と共に、自分がまとっていた「水商売人としての自分」が少しずつ、溶けて流れ出していく感じがする。シャンパンやタバコや香水やさりげなく太ももに手を添えてくるすけべオヤジの指の匂いも。そしてその後に残るのは、素の自分だ。

好きな食べ物は?趣味は?出身地は?本当の名前は?年齢は?家族構成は?恋人はいる?どんな人がタイプ?

なぜ、夜の仕事を始めたんだっけ?

仕事中客に聞かれた時用の答えではなく、本当の自分の、本当の言葉で、自分と対話する貴重な時間だ。

瞑想やマインドフルネスに近いかもしれないが、サウナはもっと手軽で簡単だ。何より気持ちいいし、肌もツヤツヤだ。

鎧を脱ぎ捨てたせいか自律神経が整ったせいかはわからないが、サウナの後は体も心も軽やかになる。

そんな時俺はあてもなく街を歩き回り、それから古ぼけた中華料理屋なんかに入る。そしてビールと餃子とチャーハンを頼む。

昔ながらの、どってことのない味だ。しかし本来の俺は、こういうものが好きだった。

同伴で食べさせてもらうサシの入った肉や、廻らない寿司や、高級ワインも大好きだが、本当は街の中華料理屋の瓶ビールと餃子とチャーハンの方が好きだったんだということを思い出す。サウナの後は血の巡りも良く、五感が敏感になっているので飯も酒もうまい。ビールと、それから餃子をもうひと皿、おかわりしたりもする。

窓ガラスに映ったそんな自分は、なんだかいつもよりずっと幼く見える気がする。でもきっとそれが俺の本当の顔なんだろう。

そして再び、夜の街へ

そうして自分を取り戻した翌日は、再び派手な服を身にまとい、髪を盛って夜の街へ向かう。時にはサシの入った肉や、廻らない寿司を客と食べてから。

でも大丈夫、体は軽いし、肌はツヤツヤだし、どれだけ派手な格好で武装していても、俺は本当の自分を見失わずに笑って夢を売ることができる。

メイクや服装で自らを夜の世界に合わせてオンにすることは、比較的容易いことかもしれないが、それを完全にオフにするのは意外と難しいことだ。

だからこそ俺は人が生まれたままの姿で、自分自身と対話できる非日常空間である、サウナをおすすめしたい。本当は巷で流行っている「ととのう」なんておまけで、どうでもいいのだ。大切なのは自分自身を思い出す時間ときっかけを作ること。

ただしサウナに入った後は酒が回りやすいので、出勤前はNG。酒気帯びや二日酔い状態の営業明けも、脱水やふらつき、居眠り等が危険だし、そもそも施設側から禁止されているのでやめておこう。

ちなみに俺のおすすめは全身に塩をもみ込んでから入る塩サウナだ。肌がツルツルになるだけではなく、ダイエット効果も見込めるという。

それに、目に見えない地縛霊や怨念などがたくさん彷徨っていそうな夜の街で働いていると、知らず知らずそんな得体の知れないものが肩の後ろについてしまっているかも知れないが、全身に塩をまぶしておけばそれらもついでに浄化できる…気がする。

ABOUT US
元・新宿2丁目ゲイバースタッフ。ゲイ。現在は恋愛・性・LGBTなどを主なテーマにコラムを執筆するフリーライター。惚れっぽく恋愛体質だが、失敗談が多い。趣味は酒を飲むことと読書で、書店員経験あり。読書会や短歌の会を主宰している。最近気になっていることはメンズメイク。