【コラム】水商売人の休肝日、なぜ重要なのか?

どん底の二日酔いだ。

もう二度と酒など飲まない、という気分でこれを書いているが、経験上夜になればまた飲んでしまう気もする。

「酒が人間を駄目にするのではない。人間が元々駄目だということを教えてくれるのだ」という名言を伝説の落語家・立川談志は残した。その理屈だと、バーで知り合ったばかりの見知らぬ男とイチャイチャ足を絡ませながらテキーラをショットで何杯も飲みまくっていた昨夜の姿こそが、俺本来の姿ということになってしまう。ああ、頭が痛い。喉も口も肌もカラカラだ。

こうなるとわかっていて、どうしていつもいつも飲み過ぎてしまうのだろうか。20代の若者ならまだしも、俺はもう30代半ばで、おまけに水商売経験者だ。それなりに酒の席の場数は踏んできたはずなのだが。

今夜は絶対休肝日にしようと考えるこんな朝は、太田胃酸を飲みながら水商売人の休肝日の重要性について書こうと思う。ウプッ…。

夜の街とアルコール

最近はノンアル営業なるものもあるらしいが、基本的に水商売とアルコールは切っても切れない関係だ。

だが酒に弱いという水商売人も少なくない。ショットなら店側にこっそりノンアルコールで作ってもらうことも可能だが、いわゆる抜きもの、目の前で開けられるワインやシャンパンならどうしても飲まねばならない、という場面もある。

俺自身は酒にはそれなりに強い方だが、それでも新宿2丁目で働いていた現役時代はそれなりにしんどい思いもした。

個人的には飲む量以上にチャンポンになることが辛かった。

繁華街の夜は長く、そして様々な客がやってくる。酒の嗜好や、店に来た時の酔い具合、懐事情までもが様々で、それぞれ乾杯するたびに違う酒を飲まなければならない。

開店と同時にシラフ状態でいきなりテキーラを飲んだり、かと思えば閉店間際にビールを飲まねばならないこともある。

何度も酔い潰れたし、限界が近くなるとこっそりトイレで吐いておいたりもしたし、焼酎のジャスミン茶割りを飲み過ぎたせいで俺は今でも酒の入っていないただのジャスミン茶を飲んだだけで酔っ払う。それでも客はそんな俺たちの肝臓事情などお構いなしに好き放題に酒を注文する。それが夜の街だ。恐ろしい。

水商売人は無自覚なアルコール依存症?

それでもそんな光景は夜の街ではごく当たり前のものだし、大抵の酒の失敗は時間と共に笑い話になってしまう。

まあその気楽さが夜の街のいいところでもあるのだが(昼職で客や上司の前で酔い潰れたり吐いたりしたら大惨事だろう)しかしその分アルコールの害や怖い部分までも笑って甘く見られがちなのも夜の世界だ。

水商売人にとって酒は商売道具であり、売り物であり、相棒とも言える存在だ。それゆえに当たり前のようにいつも側にあるが、しかしアルコールは決して体にいいものでは無い。それを我々はつい忘れてしまう。

このサイトにも他のライターさんが書いたアルコール依存症の記事があったが、水商売人のほとんどが無自覚にアルコール依存症予備軍、あるいは当事者だと言える。毎晩アルコールを摂取するというのは、本来人体にとって正常な状態ではない。

しかし水商売をしているとそこには「仕事だから仕方ない」という免罪符ができてしまう。もちろん実際仕事だから飲まねばならいのだが、アルコールはアルコールである。好きで飲んでいるか、仕事で飲んでいるか、それは関係ない。肝臓に与えるダメージは同じだ。

更に、明け方の街では同僚同士で仕事終わりの一杯をやっている水商売人たちも少なくないし、休日となればそれはそれで友人らと酒を飲んでいる。店で客と飲む酒とプライベートで飲む酒が別物だという感覚は俺にももちろんわかるが、結果無意識のまま酒浸りになってしまうのである。

心身にアルコールが及ぼす影響

現役時代のある朝、左足首の激痛で目を覚ました。

見ると患部は真っ赤に腫れ上がり、足首から甲の部分までが風船のように膨らんでいた。立ちあがろうにも圧をかけると激痛が走り、歩くこともままならない。

ガスバーナーで炙られるような痛みに体を痙攣させながら、これは骨が折れたに違いないと思ったが、病院で下された診断は「痛風」だった。

夜の世界に身を置いていれば名前くらいは知っているだろうし、詳しく説明する必要もないと思うのだが、要するに酒の飲み過ぎやプリン体の多い食品の食べ過ぎが原因で手足の関節が激しく痛む病気である。俺の人生で間違いなくいちばん痛い経験であった。しかもその痛みがノンストップで1週間は続き、その間はもちろん働くこともできず、自宅でもほとんど四つん這い、外に出るときは松葉杖の生活である。Uberがある時代に生まれてよかったと本気で思った。

かつての同僚もやはり同じく痛風を発症し、しかしそれでもバケツに氷水を張ってその中に足を突っ込みながら店に立ち、酒を飲んでいた。そのプロ根性にはたいへん感服したものだが、とにかくそれぐらい痛い。

まあこれも過ぎてしまえば笑い話になってしまうのだが、もちろん痛風以外にもアルコールの過剰摂取は脂肪肝や悪くすれば肝硬変などにも繋がり、命に関わりかねない。実際肝臓を痛めて夜の世界を去っていく水商売人は後を絶たない。

そしてアルコールの害は体だけではなく、メンタルにも及ぶ。「酒鬱」という言葉があるほど、肝臓と人間の精神状態は直結している。肝臓が疲れている時、人は自分にも他人にも優しくできない。これは俺の経験則だが。

多少壊れかけていても、がんばれてしまうのが肝臓と人の心。そしてどちらも異変に気がついた時には手遅れであることがほとんどだ。

心を壊して夜の街を去ってしまう水商売人もまた、後を絶たない。

酒に飲み込まれてしまう前に

酒は俺たちをハッピーな夢の中へ連れて行ってくれる物でもあるが、視界を濁らせてしまう物でもある。見たくも無いものがたいへん多い世の中ではあるので、時にはそれもいいだろう。夜の世界で働き夢を売る水商売では、自分もまた夢や酒に酔う必要もあるだろう。

しかし常に濁った視界で生きていれば、現実世界で本当に大事なものを見落としてしまうこともある。それは金や物や健康だけではなく、友人や恋人、時には自分自身すら。…これもまた、俺の経験則だが。

だからこそ、たまの休日、意識的に酒を断つ習慣をつけて欲しい。

二日酔いで休肝日の記事を書いているような男にそんな偉そうなことを言われたくは無いかもしれないが、そんな男だからこそ知っているのだ。酒を飲まなかった翌朝の、驚くほど明るく開けた視界を。まっさらで優しい気持ちを。

それこそが見失ってはいけない本当の自分だ。酒に酔っているあなたは良くも悪くも本当のあなたではない。バーで見知らぬ男とイチャイチャしながらテキーラを飲みまくっている俺も、本当の俺などではない。そうだ、立川談志は間違っている。

つい習慣で休日の夜も酒を飲んでしまうという水商売人も多いだろうが、そんな人は酒を飲むこと以外の趣味やちょっとした楽しみを持つといい。

ちょうどこれからの季節、ベランダで夜風に吹かれて紅茶などを嗜むのが俺のおすすめだ。ちなみに紅茶にほんの少しブランデーを垂らすと極上の味わいなのだが…まあそれぐらいなら肝臓も神様も見て見ぬふりをしてくれるだろう。

今夜は絶対酒を飲まない。…たぶん。

ABOUT US
元・新宿2丁目ゲイバースタッフ。ゲイ。現在は恋愛・性・LGBTなどを主なテーマにコラムを執筆するフリーライター。惚れっぽく恋愛体質だが、失敗談が多い。趣味は酒を飲むことと読書で、書店員経験あり。読書会や短歌の会を主宰している。最近気になっていることはメンズメイク。