ホストたちはなぜ明け方の竹虎へ走るのか

オールで飲み明かした、夜明けの新宿歌舞伎町。
どんよりとした空からは朝日が差し込み始め、街のネオンというメッキが剥がれ始める時間。
一夜の狂騒を象徴するかのように、そこらじゅうゴミ、ゴミ、ゴミ。

この時間でも多くの飲食店で食事を取れるのは歌舞伎町という街の魅力でもあるが、ゴミと吐瀉物と倒れた酔っ払いたちを眺めながら食べる飯は果たしてどれほど美味いのか、甚だ疑問でもある。
歌舞伎町でアフター中のホストやキャバ嬢が何を食っても不味そうな顔をしている気がするのは、この景観のせいではないかと思えるほどだ。

そんな中、ホストと思しき男性たちが生き生きとした表情で吸い込まれていく、一軒の不思議なラーメン屋がある。
シャンパン以外の何もかもを不味そうに飲食するイメージのホストだが、唯一例外として、ラーメンには心を許しているような気がする。なぜだろうか。

竹虎のラーメンって、ホスト煮込んでダシ取ってるんちゃうん?

ゆず魚介豚骨つけ麺1200円也

数年前、入り口に車が突っ込むという派手な事故で複数の怪我人が出たその店は、今はもちろん綺麗に修繕されていて、いつも大勢の客で賑わう超人気店だ。

その店の名は『麺匠竹虎 本店』
歌舞伎町で飲んでいてこの店を知らなければモグリだろう。

とか言いつつ、俺も実際に来店したのは初である。人気でいつも並んでるんだもん。
ちなみにこの日はスムーズに待ち時間なしで入れた。

中に入ると、いるいるいる。ホスト、ホスト、何者かはよくわかんないけど怖い人挟んで、またホストという感じ。
ラーメン・つけ麺・僕イケメン、ってか。ホスト煮込んでスープのダシ取ってるんちゃうんか?と思うほどだ。

ついでにカウンターの中で麺を湯切りをしている店員(スタッフ〜)までイケメンだ。たまらん。みんな笑顔でとても優しかった。

ちなみにホストだけではなく、新宿2丁目で働くゲイバーのママやスタッフたちからもこの店はたいへんな人気だ。
2丁目と歌舞伎町は結構離れているし、ラーメン屋ならあのエリアにもたくさんあるのだが、営業明け竹虎まで足を伸ばすゲイは少なくない。

客席にいい男が多いから……というわけでは決してない(と思う)。夜の仕事をする人間たちに愛される何かが、この店のラーメンにはあるようだ。
もちろん一般のお客さんも多いので、昼職の皆さんも安心して通ってほしい。

竹虎狂いのゲイバーママからは味噌を勧められていたのだが、衝動に負けて「ゆず魚介豚骨つけ麺」を注文。
一体どこが主語なのか分からない情報多めの力強いメニュー名に惹かれてしまった。並盛りでお値段1200円也。

一晩中飲み歩いて冷えて乾いた体に、濃厚なスープが染み渡る。
ホストの金髪みたいな鮮やかな色をした、もちもちの麺を咀嚼するたびに小麦の香りが鼻を抜けていく。
魚介や豚骨の芳醇な香りだけではなく、溶けた野菜のポタージュのような甘みも感じる一品だ。

濃厚だが、ゆずの香りでさっぱりいただける。実質カロリーゼロだ。

無料でついてくるお通し。麺を揚げたものらしい。無限に食える。

……ライターになって随分経つが、いまだに食レポは苦手だ。これではまるでやたらとストーリー仕立てで長ったらしい、食べログで☆4とか付けてる素人のレビューみたいじゃないか。

しかしたらふく飲んだ後の魚介豚骨系のつけ麺が格別であることは事実。アルコールの分解が実に捗る。
おまけに周りに綺麗な男がたくさんいる。眼福である。

ゲイの俺にとって、美しいホストたちはつけ麺の最高の調味料。長居するために麺大盛りにすれば良かった。どうせ編集部の経費だし。

キレる姫と、ダシを取られた鶏ガラのようなホストたち

そんな中、奥の個室から出てきたのは、ホストと姫であろう2人組。
見るからに空気は険悪で、明らかに姫はブチギレている。何を話しかけられてもむすっと黙りこくったままだ。
ホストがお会計を済ませている間に、スタスタと早足で店を出て行ってしまう。

深いため息をついている色白・細身のホストは姫のご機嫌取りに疲れ果てているのか、それとも本当に厨房でダシを取られたのか、げっそりとしていてまるで鶏ガラのようだ。もっと飯を食え。竹虎もっと食え。

アフターだろうか。アフターだろうな。
洒落たイタメシとかじゃなくて、ラーメン屋に連れて来られたのが姫は不服なんだろうか。それとも店で被りと揉めてきたとか?食事中にホストが地雷を踏むようなバカな発言をしたのかも。

なんにせよこの時間の歌舞伎町で、険悪じゃないホストと姫の組み合わせを、俺は見た記憶がない。
これもまた明け方の歌舞伎町名物の景色だ。美味いラーメンをすすりながら、こんな人生劇場を見学できるのもこの街ならでは。風情があるな。

そう思えば街中に捨てられたゴミの山も舞台のセット、乙な物だと思えなくもない。もちろん竹虎の店内は非常に清潔だったが。
ホストと姫が道端で殴り合っていても、この街の住人は誰も気にしないのだ。

「何もかもが他人事」というのはこの街の持つ美学であるが、容赦ない冷たさでもある。
温かいラーメンでも食べて暖を取らねば心が死んでしまう。

「僕と夜明けのラーメンをすすらないか?」

ところで、こちらのサイトにコラムを書かせていただくようになってから、ホスト関連のYouTubeやTikTokをよく観るようになった。

中でも俺はまだ売れていない新人ホストを応援するのが好きで、彼らはみんな動画の中で、寮で暮らしながらカップ麺ばかり食べている。
若く食べ盛りの彼らには、食べ応えがあり、味の濃いラーメンは魅惑的な食べ物だろう。しかし、新人ホストにとって1000円を超える歌舞伎町のラーメンはそれなりの高級品でもある。

まだ何者でもない辛い時期をカップ麺で乗り越え、歯を食いしばり、平然と1杯1200円のラーメンを食べられるようになった時、ホストとしてようやくスタート地点に立てるのかもしれない。

だからホストはラーメンという食べ物に、特別な思い入れがあるのではないか。
店を辞めた後にラーメン屋を開店する、元ホストも多い。金髪を切り、頭にタオルを巻き、腕組みして看板用の写真を撮る。なんで最近のラーメン屋店主って、みんなあのスタイルなんだろうか。

魚介や豚骨や味噌や塩や醤油……味はもちろん店ごとにそれぞれ違うが、共通しているのは「スープ最後の決め手になるダシは、食べるホストそれぞれの汗と涙」ということなのだろう。歌舞伎町のホストがみんな煮込まれた鶏ガラのように色白・細身だからといって、鍋でダシを取られているわけではなさそうだ。

そんなホストにとって特別な食べ物である、ラーメン。
アフターでラーメン屋に連れて行かれた姫は、ケチくさいとか思わないでほしい。
その1杯には深い意味と、価値がある。

「君と夜明けのコーヒーを一緒に飲みたい」という古臭い口説き文句があるように(分からない子はパパかママに聞いてね)彼らにとってそれは「夜明けのラーメンを君とすすりたい」という、愛情と信頼の証なのかもしれないのだから(違くても責任は取らない)。

1200円のラーメンと100円のカップ麺は天秤にかけられない

ラーメンを食べた帰りの歌舞伎町には、ゴミだけではなく酔い潰れた若いホストの死体がたくさん転がっていた。

傘で姫にどつき回されているホストもいたし、なぜか男同士肩を抱き合って泣いているホスト2人組もいたし、「クリリンのことかー!」とドラゴンボールの悟空の真似をして絶叫しているホストもいたし、赤信号の中千鳥足でドンキ前の横断歩道をうろちょろしているホストもいた(すごく危ないと思うよ)。

みんな若く、ホストとしてはまだこれからという雰囲気だった。

風が吹いて、道端に捨てられた吸い殻や空き缶がアスファルトを汚す。
誰が食べたのか知らないが、空になったカップ麺の容器なんかも結構落ちていて、コロコロと転がっていく。その姿は、なんだか金が足りなくてホストに見放された少女のように儚げだ。
なけなしの給料で駆け出しのホストを長い間支え続けてきた少女は、彼が上客を掴んで売れてからは完全に細客扱いだ。
風に転がるカップ麺のカラを見ていたら、そんなエピソードが浮かんだ。この街ではありふれた話である。

心が凍えてしまいそうな明け方の歌舞伎町。どうか新人ホストたちが互いの体温で温め合うように肩を並べて、栄養満点で温かい竹虎のラーメンを食べられていますようにと祈らずにはいられない。彼らは同じホスト同士、温かいラーメンで寂しさを埋めるため、明け方の竹虎に吸い込まれていくのかもしれない。
しかし同時に、1200円のする竹虎のラーメンが食べられるようになっても、1番辛い時期に100円で支えてくれたカップ麺のことを、忘れないでやってほしいとも思う。

ホストが成長過程で見失いがちな大切なものが、そこにはあるはずだ。

ABOUT US
元・新宿2丁目ゲイバースタッフ。ゲイ。現在は恋愛・性・LGBTなどを主なテーマにコラムを執筆するフリーライター。惚れっぽく恋愛体質だが、失敗談が多い。趣味は酒を飲むことと読書で、書店員経験あり。読書会や短歌の会を主宰している。最近気になっていることはメンズメイク。