【コラム】出勤前の1時間 どう過ごすか?

夜の街で働くキャバ嬢やホストのみなさんは、店への出勤前や同伴の直前、いったいどんな時間を過ごしているだろうか。

水商売をする人々にもそれぞれ生活があるし、朝までの体力仕事であるから、ギリギリまで寝ているという人も少なくないだろう。

しかしそんなあなたたちにこそ、出勤前のわずかな時間、ほんの1時間でいい。無理ならば30分でも、10分でもいい。「儀式」の時間を設けることを、俺はおすすめしたい。

あなたたちの心を守るために。

昼の顔から、夜の顔へと変わるための儀式の時間。

あなたたちには、そんな時間があるだろうか?

昼の顔から、夜の顔へ

昼の顔と夜の顔がまったく同じ、という水商売人はいないだろう。

誰だって少なからず、夜の世界を生きるための仮面が必要だ。

かつて俺は、昼は大型書店の書店員、夜は新宿2丁目のゲイバースタッフ、という両極端な仕事を掛け持ちしていた。

明るい時間はネクタイを締めて働き、夕方タイムカードを切ると職場のロッカー室でチャラチャラした服に着替え、髪にワックスを揉み込んで夜の新宿へと向かう…という生活を送っていた。

そんな昼の仕事と夜の仕事の合間にできる、わずか1時間の空白。そこが俺の儀式の時間だった。

毎晩同じ、新宿にある古い喫茶店で、1杯のグラスビールと、3本のマルボロライト、そしてイヤホンから流れるカーペンターズ。これがいつもの俺の儀式、ルーティンだった。

そのわずかな時間の間に、俺はお堅い書店員の仮面を外し、代わりにネオンの中でガバガバ酒を飲み、客に色目を使う水商売人の仮面をつけるのだった。

夕方の新宿には本当にたくさんの人がいた。

仕事帰りの人、これから仕事に向かう人、デート中のカップル、親子連れ、外国人観光客。

その人ごみの中に身を置いていると、体が少しずつ、近づいてくる夜の闇や、酒やタバコの匂いと同化していくような感じがした。

昼間の俺は大人しく、どちらかといえば暗い男だが、夜の俺はひょうきんで、お調子者だった。

そのほうがチップをはずんでもらえるから、という理由もあったが、何より楽だった。普段の(本来の)自分とは正反対なお調子者を演じることで、自分を守っていた。

どんなに傷ついても、それが本当の自分じゃなければ大丈夫だから。

なぜ仮面が必要なのか

職業の良し悪しをここで語るつもりはない。どんな仕事にだって苦労やストレスはあるものだし、俺自身にそこまで人生経験があるわけでもない。

しかしそれでも水商売、という仕事は特殊だ。

客のストレスをもろに受けるし、セクハラは日常茶飯事だし、人間扱いされていないなと思うこともよくある。

生理的に苦手な客や、意地悪な同僚も大勢いる。もうこれ以上は一滴だって無理だと思っても、笑顔で酒を飲まねばならない夜もある。

例えそれが自分で決めた仕事・生き方だったとしても、俺たちは生身の人間で、心がある。そんな当たり前のことすら、時に忘れられてしまうのが水商売という仕事だ。

無防備に、素顔でそんなストレスを受けていたら、体も心も少しずつすり減って壊れてしまう。

そういう同業者たちを、俺はたくさん見てきた。ある日突然どこかへ消えてしまったり、死んでしまったりする、そんな優しくて素直すぎる水商売人たちを。

夜の世界を生き抜くには、自分を守る強い仮面が必要だ。

そのために源氏名があるし、俺たちが年齢や生い立ちや喋り方まで偽るのはそのためだ。客を騙すためではなく、自分自身を守るために。

もちろん店に来るのは意地悪な客ばかりではない。お世話になったり、一緒にいて楽しかったり、時には恋に落ちるような客もいるだろう。

自分を偽ることでそんな客に罪悪感を抱く真面目な人もいるかもしれないが、名前や喋り方が作り物だからと言って、その好意まで作り物だというわけではない。

好きな客にだけは時々仮面を外して見せて、素の自分をちらりと見せてあげればいい。

そして嫌なことは仮面をかぶった、強い方の自分に任せてしまおう。

心を守るための儀式を持つ

人間という生き物は本来、昼間活動して、夜は眠る生き物だ。夜中働くということはあなたたちが感じているよりも、本当はずっとハードなことなのだ。心にも、体にも。

特に、素直で感受性が豊かで、それゆえに傷つきやすい若い世代のホストやキャバ嬢のみなさんには、自分を大切にしてほしいと思う。

だからこそ、出勤前のほんのわずかな時間、自分を守る仮面をかぶるための儀式の時間を作ることをおすすめしたい。

別に俺と同じようにビールを飲んでタバコを吸うなんて必要はない。

歩きながら好きなアーティストの曲を聴くとか、喫茶店であたたかいコーヒーを飲むとか、そんなちょっとしたことでも構わない。

俺のかつての同業者には毎日出勤前に新宿の花園神社をお参りするという人もいた。それで水商売スイッチが入るのだそうだ。

儀式の内容自体は何でもいい。ただ、できるだけ決まった時間、決まった内容を習慣化・ルーティン化することで、素早く仮面を付け替えることができるようになるだろう。

メリハリなく、昼の顔・素の顔をそのまま夜の世界に持ち込むと、その部分が何かの拍子に傷ついてしまうことがある。

だからほんの少しでいい、この儀式に、出勤前の時間を割いてほしい。

目に見えず、ものも言わない、たたちの「心」というやつが、知らず知らずのうちに、すり減ってしまわないように。

ちなみに今は夜の仕事を引退して、昼の世界でこうして物書きをしている俺だが、文章を書き始める前の儀式がある。

グラスビール1杯と、マルボロライト3本と、カーペンターズだ。

ABOUT US
元・新宿2丁目ゲイバースタッフ。ゲイ。現在は恋愛・性・LGBTなどを主なテーマにコラムを執筆するフリーライター。惚れっぽく恋愛体質だが、失敗談が多い。趣味は酒を飲むことと読書で、書店員経験あり。読書会や短歌の会を主宰している。最近気になっていることはメンズメイク。