「じゃあね」と言って彼は黒のトレンチコートを翻らせてどこかへ行ってしまった。
彼はどこへ行くのだろう、明日の生死も知らずに。
──ジェンダーレストイレなどの問題で何かと一時期話題になっていた「東急歌舞伎町タワー」に行ってきた。それも漫画の『チェンソーマン』に出てくるデビルハンターのような恰好をした男の子と一緒に。新宿駅東口を出たらナンパされたのでついていった次第である。
ナンパについていくなんて経験をしたのは初めてだが、黒髪にピアスバチバチなのにスーツ+トレンチコートという出で立ちが妙に気になってしまって、心の中で「おもしろそう」と思って飲むことになった。たぶんホストだろうけれど。
学校では教えてくれない歌舞伎町タワーの楽しみ方
東急歌舞伎町タワー、もとい歌舞伎町タワーは、トー横のすぐ隣に建設されたクリーンな商業施設である。下はクラブ、上は綺麗めのホテルという構造になっていて、かつ中間層はゲームセンターやフードコートが入っている。どうやら歌舞伎町のイメージを塗り替えようという戦略らしい。
その証拠に歌舞伎町タワーには外国人観光客の姿が目立つ。というか8割が外国人といっても過言ではないほどだ。
トー横広場で6畳一間ぐらいのスペースを陣取って寝ているシナモン帽子のおじさんを見ても、彼は涼やかな笑顔でつかつかと歩いていく。デビルハンター風の男の子(以下、デビルハンター)は、絶対何度も女の子と来たことがあるであろうはずなのにいかにも「自分初めて来ました」という顔をしていた。
とてつもなく大きい歌舞伎町タワーを「わー」とか言いながら見て、エスカレーターを昇って2階に上がる。
「どこにする?」と聞かれて迷った結果、私は「良かったらいかがですか?」と笑う客引きのお姉さんの可愛さに惹かれて中華料理の居酒屋を選んだ。
ここからは、きっと(というか絶対)先生からは教えてもらえない歌舞伎町タワーの観光客向けガイドをしていこうと思う。
サイバーパンクな中華街で、ネオンの光に夢うつつ
歌舞伎町タワーの中で最も印象に残るのは「サイバーパンクさ」だ。写真のように至るところにネオンが散りばめられていて、さながら外国人が日本の近未来を想像して作ったような映画の中の人物に変身したような気分になる。
デビルハンターくんはもしかしたら、ここが本当にフィクションの世界であるとしたらこんな路地裏でひっそりと任務をこなしていたりして。そんなことを考えながら約300円のやっすい火鍋レモンサワーを二人で注文した。美人なお姉さんの手によって届けられた火鍋のなかにたぷたぷのアルコールがあった。
「結構お酒強いんだね」と笑う彼の顔は心なしか少し赤かったような気がする。現実離れした彼の容貌を正面にしながら大量の酒を飲み、ネオンのなかで水餃子を食べ、隣からは何語か分からない外国語が聞こえてくる、そんな夢うつつな空間。ここが現実かどうかも分からなくなってくるのが、歌舞伎町タワーの醍醐味かもしれない。
デビルハンターという単語を出しておきながらこの記事にはチェンソーマン要素は一切無いのだが、もう彼の容姿が悪魔狩りすぎて印象が強すぎたのでどうか許してほしい。
トー横広場が見えるゲームセンターでお酒を飲む
この写真のヤバさは分かる人には分かると思うのだが、なんと歌舞伎町タワーではゲーセン(namco)の飲食コーナーでお酒を買い、トー横広場を見ながらお酒を飲むことができる。
見慣れた光景だと言わんばかりにデビルハンターは瓶ビールを飲んでいたのだが、私にとっては衝撃的だった。歌舞伎町に出入りして結構経つが、なんというか社会の闇を見ている気分になる。
この人にはどんな過去があったんだろう。
この人にはどんな現在があるんだろう。
この人にはどんな未来が待っているんだろう。
でも、きっと彼のことを私が知ることはないんだろう。デビルハンターは明日の命があるかどうかも分からない生き物だ。歌舞伎町タワーを出て手を振ったら、きっとそれまでの関係だ。
端正な横顔をちらりと見つめながらそんなことを考えていると、彼はビールをとっくに飲み終わっていたらしかった。
次の目標はクラブで踊ること
残念ながら今回は勇気がなかったのでクラブに行くことはなかったが、デビルハンターとお酒を飲んだりゲーセンのドでかいUFOキャッチャーで売られているクライナーのクッションを見て笑ったりしながらあっという間に2時間が経った。
彼は日本人らしい名前を名乗ってくれて私もそれに呼応して名乗った。
お互いに偽名であることにお互いが気付いていながら、それを指摘せずに遊ぶというのは歌舞伎町の醍醐味だと思う。何者でもない自分が「何か」になれる。観光をする際にはぜひデビルハンターのナンパ師と一緒に火鍋サワーを飲むことをおすすめしたい。