【コラム】水商売をしている人間は冷たいのか?

先日、新宿二丁目のゲイバーで働いていた時の同業者が亡くなった。とてもよくしてくれた人だった。

水商売を引退して昼職に就いて、もう三年になる。それでもいまだにそんな知らせが耳に飛び込んでくる。

懐かしい当時の顔ぶれとお通夜に参列し、しこたま酒を飲んで泥酔&超ご機嫌状態で帰ってきたら、最近付き合い始めた男に「いくらなんでも不謹慎なんじゃない?悲しくないの?」と言われた。

俺には彼が何を言っているのかまったくわからなかった。

翌日、酔いが覚めた頭で「ああそうか、彼は昼の世界の人だから」と理解した。

夜の世界を生きる(生きたことがある)人々にとって「別れ」はいつも身近なものだ。日常といってもいい。

死んでしまう人もいるし、お金がなくなった人、警察に捕まる人、故郷に帰る人、結婚する人、他店に流れていく人もいる。「また来週もくるよ」なんてニコニコ帰っていった客と、その後二度と会うことがなかった、なんてことはザラにある。

だから必要以上に悲しんだり、騒いだりしない。

俺たちは、ある日突然人がいなくなってしまうということを知っている。

しかし明るい昼の世界を生きる彼の目には、お世話になった人の死を悲しみもしていない酔っ払い姿の俺は、ひどく冷たく映るのだろう。

喪服姿の俺に興奮したらしくその格好のままセックスはしたが、今回の件がきっかけで、振られるかもしれない。

別れに慣れているのは確かだが、しかし果たして、俺たちは本当に冷たい人間なのだろうか?

別れを惜しむのは後悔があるから

水商売現役時代、付き合っていた男がいた。

付き合い始めた時は「バーテンダー」とお茶を濁していたが、ふとしたきっかけで俺がゲイバーの店員であることがわかると、異常なまでの拒否反応を見せた。

酒を作って出しているという意味では別にバーテンダーと大差はないと思っていたので、そんなに拒絶されたことは驚きだった。

理由を聞くと「夜の仕事をしている人間は冷酷で、嘘つきで、金にがめつくて、尻軽だ」とのことだった。本当はもう少しマイルドな表現だった気がするが、俺の脳内でその男が「最低最悪のクソ男」としてインプットされているので、こんな風に再生されてしまう。

もちろん職を偽っていた俺にも非はあるが、結局その男とはそれが原因で別れてしまった。

確かに、俺は人の死や、誰かとの別れに対して、淡白なところがある。

そしてそれは間違いなく、夜の世界で働く多くの人々に共通しているだろう。

大好きだった祖母が亡くなった時も、涙一つ流れなくて自分自身驚いた。

お通夜の席でケロッとした顔でビールばかり飲んでいる俺を、親族や両親は白い目で見ていた。その目は「恩知らず」「薄情者」と責めていた。

しかし断言するが、俺は心から祖母を愛していた。ただ、俺はメソメソ泣いている親戚たちと違い「いつかいなくなってしまう」という前提で祖母と接していたから、後悔がなかっただけだ。

人の死に限らず、恋愛などにも言えることだが、失った時に涙や嗚咽が溢れるのは「もっとこうしておけばよかった」「ああしておけばよかった」という後悔がそうさせるのだ、とその時思った。

「いつでもまた会えるだろう」などという根拠のない思い込みを、俺たちのような夜の世界を生きたことのある人々は持たない。

そんな態度が昼の世界を生きる人々には、冷たく見えるのだ。

もう二度と会えないかもしれないということ

しかし実際は逆だ。

出会いがあれば別れがある。それは夜の世界でも昼の世界でも同じことだ。

今隣で笑ってくれている人が、明日もそうしてそばにいてくれる保証などどこにもない、というのは本当は当たり前のことなのだ。

だから心のどこかで、いつでも別れを覚悟しながら、毎回相手と接している。無意識に「これが最後かもしれない」と。そうなっても後悔のないように。

明るく暖かい昼の世界にいると、そんなこともつい忘れてしまうのが人間だ。もちろん、それはそれで幸福なことなのかもしれないが。

目の前にいる人とはもう二度と会えないかもしれない、ということを知っている人間は、誰よりも愛情深くあれるはずだ。

夜の世界を生きる人々だけが持つ光

夜の世界を生きることになった事情は人それぞれ違う。

水商売をしていること(していたこと)を後ろめたく思っている人も多いだろう。心ない言葉を投げかけてくる奴もいるだろう。俺のようにそれが原因で恋人に捨てられた人もいるだろう。

しかしどうか胸を張ってほしい。我々は冷たくなんてないし、嘘つきでもないし、尻軽でもない。金には少しがめついかもしれないが。

むしろ誰よりも、今目の前にいる相手と深く関わることができる、情深い人種なのだ。誰かと別れなければならない時、その相手を笑顔で送り出せる人間は優しい。

これは水商売をしていなければ得られなかった、かけがえのない光だ。

今でこそこうして昼の世界を生きているが、俺の中には夜の世界の、そんな美しい光が今も生きている。

その光は、誇り、と言い換えることもできる。

ABOUT US
元・新宿2丁目ゲイバースタッフ。ゲイ。現在は恋愛・性・LGBTなどを主なテーマにコラムを執筆するフリーライター。惚れっぽく恋愛体質だが、失敗談が多い。趣味は酒を飲むことと読書で、書店員経験あり。読書会や短歌の会を主宰している。最近気になっていることはメンズメイク。