その日、久しぶりに来店してくれることになった直樹に、ミユキは「八坂神社の前で待ち合わせしよう」と伝えた。
二人で一緒にお参りをした後、その足で近所の『京めん』へ行きたかったのだ。
『京めん』は、よしもとの劇場である『祇園花月』の隣にある、老舗のうどん屋さんだ。ミユキが務めているキャバクラからも、歩いてすぐの距離のところにある。
「いらっしゃいませー!」
のれんをくぐると、まだピークタイム前だったのもあり、店内は比較的空いていた。店の壁一面に、ところ狭しと芸人達のサインが飾られているのを、直樹は物珍しそうにぐるりと見回す。
「すげぇ数だな!しかも有名な人ばっかりじゃん」
「直樹さん、気になる芸人さんいます?」
「あ、あれ銀シャリのサインだ」
「銀シャリ好きなんですか?私もです!」
注文を取りに来た店員さんに「天とじ丼」を2つ注文すると、2人は熱いお茶をすすりながら雑談を続けた。
「このお店、祇園花月ができるよりずっと前からあるんですけど、お店にサインが飾られるようになってから、明らかに料理のレベルがアップしたなって感じるんですよ」
「あ〜、でもそういうのはあるかもしれないよね。有名な芸人さんが食べに来るわけだからさ。緊張感とか張り合いっていう意味でも違うだろうしね」
「ね!…あ、もしかしたらこうしてる間にも芸人さん、入ってくるかもしれないですね」
「マジか!誰入って来たら嬉しい?」
「おさむ師匠とか?」
「アハハ!」
「お待たせしました、天とじ丼でーす!」
丼の蓋を開けると、ふわふわの卵とサクサクの天ぷらから香ばしい香りが漂い、ミユキは思わずうっとりと目を閉じた。
「ヤバイなこれ!めちゃくちゃ美味い!ミユキちゃんのオススメにしておいてよかったわ」
「でしょー?私のオススメは天丼より、天とじ丼なんです!卵がとにかくフワッフワで…」
口の中でエビ天の衣がザクッと音を立て、ジューシーな油が舌の上に広がるのを感じながら、ミユキは幸せを噛み締めていた。
「おさむ師匠、入って来ないかね〜」
「のりお師匠でもいいんですけどね」
ミユキがそう返すと、直樹は頬張り掛けていたたくあんを、ブフッと半分噴き出した。
「ミユキちゃんのセンス!俺、マジでそういうとこ好きなんだよ」
「え、そうですか?」
「普通、ミユキちゃんくらいの子だったら、アイツらがいいとか言うだろ?なんだっけ、ほら。第7世代って言われてる…」
「霜降りですか?」
「それじゃなくて、なんだっけ。髪の毛がピンクの…」
「あ、EXIT?」
「それそれ!」
ミユキは普通に兼近を推していたのだが、直樹の手前、そのことはなんとなく黙っていることにした。職業柄、年上のお客さんを相手にすることが多いため、好きな音楽を言う時も、好きな芸人を言う時も、ミユキはあえて何世代か上の名前を出すようにしていたのだ。
「第7なんて、全然ですよ。全然響かないです、私には」
「そんなこと言って、今ここにEXITが入って来たら普通に大騒ぎすんだろ」
「しないです、しないです」
その時、ガラガラっと入口のドアが開いた。そして、明らかに一般人とは違った質のオーラを放つ、黒っぽいミリタリーファッションの若い男性が席に着く。
(えっ…?)
ミユキの胸は、ドキンと高く脈打った。帽子にマスクで色の濃い眼鏡をしているからわかりづらくはあるのだが、雰囲気がEXITの兼近に似ているのだ。
(まさか…、え…、ウソでしょ?)
店を出た後、直樹はミユキにツッコミを入れまくった。
「第7は響かないとかウソばっかじゃねーかよ!」
「そんなことないですって!全然です、ホントに」
「ウソだよ、目見てりゃわかるもん。あの兼近っぽいヤツに視線釘付けだったじゃん」
「本物かなーと思って見てただけですよ」
「いやいや、違うね。完全に瞳孔開き切ってたもん」
「キャハハッ!」
直樹を軽くいなしながら、ミユキは八坂神社の神様に心の中でこっそり感謝をした。
直前に「EXITの兼近くんに会えますように」とお参りをして来たからこそ、そっくりな人物と遭遇し、一瞬の高揚感を味わうことができたのだろう。