『サラダバーな女』フォルクス西参道

しばらくの間、母親のいる東京に滞在することになったミユキは、その日、東京の客と待ち合わせをし、夕飯をごちそうしてもらうことになっていた。

高級なホテルでフレンチなんか奢ってもらってもよかったのだが、ミユキは「それならフォルクスに行きたい」と自ら申し出た。

フォルクスはステーキハウスなので、それなりに高級な存在ではあるが、どちらかというと、雰囲気はファミリーレストランに近い。


フォルクス 西参道店


客である涼平は、逆に「そんなところでいいの?」と、ちょっぴり物足りなそうな様子だったが、ミユキは「フォルクスがいいです」の一点張りだった。

食べることが大好きなミユキは、本当なら貪欲に豪華なモノを食べたいと思うところなのだが…、あまり慣れない東京の、しかも表参道近辺というオシャレなエリアで、とんでもなく高級なホテルにでも連れて行かれたら、胃を壊しそうだと不安を感じていたのだ。

涼平は紳士的で優しい男だったが、ミユキにとって、そこまで距離感の近い相手ではないため、馴染みのあるフォルクスで、アウェイな空気感を吹き飛ばしたかったのだ。


「フォルクスって日本で初めてサラダバーを導入したレストランなんですよ」

夕日に染まる代々木公園内の静かな道を涼平と並んで歩きながら、ミユキは以前、別の客から教えてもらったフォルクス豆知識を涼平に披露した。

「へー!そうなんだ。ちなみに、サラダバーでミユキちゃんは何を取るの?」

そう尋ねられ、ミユキは心の中でハッと、身構えた。

普段、何気なくサラダバーやスープバーで好きなものをごっそり盛っていたが、見る人が見れば、そこには人間性がモロに現れるのだろう。

「えー…、その時によって、かな。涼平さんは?」

「俺は、何を取るか…っていうよりも、バランス良く盛り付けることを意識するかなぁ」


フォルクス店内にて。

サラダバーの前に皿を持って立った時、ミユキは改めて、涼平と盛り付けの話をしておいてよかったと思った。

そうでなかったら、あぶなく小皿いっぱいに枝豆とコーンを半々ずつ盛り付けてしまうところだった。

正直、ニンジンやタマネギやトマトやブロッコリーにはそこまで心惹かれず。とにかく、枝豆とコーンに和風ドレッシングをたっぷり掛け、それを思い切り口にかきこみたかったのだが…。

ミユキは、涼平に対して見栄を張り、デキる女であることをアピールするために、ほぼ全ての野菜をバランス良く綺麗に盛り付けた。

「お~!綺麗に盛り付けるね。俺、ミユキちゃんますます好きになったわ」

涼平にそう言われ、ミユキは「そうですか〜?」とはにかんで見せたが、内心はちょっぴり複雑だった。

本当は、コーンスープを3カップくらい持って来た上で、枝豆とコーンが半々で入った皿を4つくらい並べ、「好み偏り過ぎだし!アハハ!」なんて大笑いする方が、絶対盛り上がるし、楽しいだろうと思ったからだ。

せっかくホームな空気感のあるフォルクスを選んだのに、ミユキは結局、アウェイで戦っているような孤独を感じてしまうのだった。

ところが…。


帰り道、夜風に吹かれながら、涼平はミユキの目をチラッと見つつ、恥ずかしそうにこんな告白をした。

「サラダバーにさ、コーヒーゼリーあったでしょ」

「あ、ありました、ありました!」

「俺さ、本当はあれ、3杯くらい食べたかったよ」

「えっ!?」

「でも、ミユキちゃんの手前、カッコつけちゃってさ。バカだよな、俺」

「フフ…ッ、後悔してるんですか?」

「めっちゃ後悔してる。でもミユキちゃんに嫌われたくなかったから…」

「そんなことで嫌うわけないじゃないですか」

「えーっ!?だって、ミユキちゃんすげー綺麗にサラダ盛り付けるし…」

「涼平さん!」

ミユキは、今までよりハキハキとした口調で、歯を見せてニッコリ笑うと、涼平にこんな提案をするのだった。

「今度、もう1回一緒にフォルクス行きましょ!その時は、お互い、本気で!本気でサラダバーと向き合いましょうよ」

ミユキは、自分の脳がアドレナリンで、半分緑色、半分黄色に染まっていくような不思議な感覚を味わっていた。