ミユキと公輔は手を繋ぎ、仲良くマンガミュージアムの階段を降りると、そのまま近くの和食料理店、『えいたろう屋』へ向かった。
「その店って、ここから歩いてすぐなんでしょ?」
公輔が尋ねると、ミユキは「そうだよん」と軽快に答えた。
数年前、たまたま地元の先輩に連れていってもらった時、「道明寺蒸し」の美味さに衝撃を受けて以来。自分で予約をしてお客さんとえいたろう屋へ行くのは初めてのことだ。
「お刺身も美味しいし、何もかもが絶品だから、どうしても一緒に行きたくてさ」
「へー!ありがとう。そんな店、紹介してもらえて嬉しいわ」
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店に到着すると、開店したばかりの店内にはまだ客がおらず、8席程あるカウンターの隅っこに2人並んで腰掛ける。
「めちゃくちゃいい感じの店じゃん」
「でしょ?」
「メニューがいい感じだよね。黒板に書いてある文字の書体がなんとも言えないわ」
「ふふっ、だよねだよね〜。ね、ハム輔、何飲む?」
ミユキは、公輔のことをハム輔と呼んでいた。漢字で書くと「公」は「ハム」と読めるからだ。
2人は年齢が一周りほど違っていたが、少年のようにピュアな感性を持つ公輔とミユキは波長が合っていて、同伴デートの時はいつも子供っぽい遊びを楽しんでは、キラキラとはしゃぎ、笑い合っていた。
「カンパーイ!」
ビールのグラスを軽く鳴らした後、ミユキはマンガミュージアムで公輔と楽しんだ「ぬりえ」の完成品をバッグから取り出し、眺めた。
「ぬりえ楽しかった〜!」
「俺も、ぬりえは何十年ぶりとかだったから、めっちゃ刺激になったわ」
「たまにはこういうデートもいいよね。ってか、ハム輔超センスあるね」
「ほんと?ミユキちゃんに褒められるとスゲー自信つくんだけど」
「センス超あるよ!ここのグラデーションとかハンパないじゃん」
2人は、同じキャラクターの絵に着色をしたのだが、カラフルに様々な色を使ったミユキと対照的に、公輔は統一感のある数色だけを使いこなし、色の濃淡を駆使して、プロのようなレベルの作品を仕上げていた。
「お造り盛り合わせでーす、お待たせしましたー!」
2人の席に運ばれて来たのは、氷や笹の葉の敷き詰められた美しい器。
そこに旬な魚や貝の刺し身が、芸術作品のように盛り付けられている。
「すっごーーーい!!!めちゃくちゃ映えるやつじゃん、これ!」
鯛や鮪が盛られている手前に、白くフワフワッとした刺し身があるのを見つけると、ミユキはさらにテンションを上げた。
「ねぇ、ハム輔、これハモじゃない!?」
「ウソ、マジ!?」
「ハモだよ絶対!だって身がフワフワしてるもん」
「俺、ハモめっちゃ好きなんだけど!今年初だよ」
「じゃあ、もう2人せーのでハモっちゃう?」
「ハモろう、ハモろう!」
口の中で、弾力のある身がフワッとほどけ、舌を包み込むように広がったのを感じると、ミユキは箸を置き、思わずワントーン高めの声で叫んでしまうのだった。
「なにこれ!ハモーい!」
「あはは、エモいみたいに言うなよ」
「こんなハモいもの食べたことないってマジで」
公輔の袖を掴み、ミユキは宙を仰ぎながら刺し身の旨さにジタバタと悶絶する。
そんなミユキの頭をポンポンと撫でてやる公輔。
2人は、完全に自分達だけの世界に浸り、笑い合っていたのだが…。
「あの〜…、それ、一応アナゴなんですよ〜」
カウンター越しに、料理長が申し訳なさそうにそう言った瞬間、ミユキも公輔も「ブッ…!」と、飲みかけのアナゴを氷の上に吹き出してしまいそうになった。
「いや〜、美味かったね!酒も魚も、道明寺蒸しも、最高だったよ、ミユキちゃん」
「ハモもっ?」
「いや、あれはアナゴだから」
「キャハハ!つーか、超恥ずかしかったんだけど!あれ全部聞かれてたんだね」
「俺らがあまりにもハモハモはしゃぐから、なかなか言い出せなかったのかな」
「また来ようね、ハモ輔〜」
「誰がハモ輔だ!」
一周り歳の離れた2人は、絶妙なハーモニーを奏でながら、夜の街へと消えていくのだった。